ワット・チェンマン วัดเชียงมั่น は、チェンマイのお堀で囲まれた旧市街にあるラーンナー様式の仏教寺院である。
13世紀の終わりに、ラーンナー王朝のあけぼのと共にメンラーイ王によって建てられた寺院で、かつては王宮として使われていたと伝えられている。
象の仏塔は周りを15頭の象によって支えられているのが特徴的である。小本堂には、歴史上重要な水晶の仏像「プラセータンカマニー」と、インドから渡来したと云われている彫像「プラシーラー」が安置されている。布薩堂にはラーンナーの歴史が刻まれた石碑があるが、ラーンナー文字で書かれているためタイ人も読めないという。
正面入口に掲げられている表札

入口左側にも屋根付きの Wat Chiang Man の表札がある

境内に入るとすぐ左側にワットチェンマン全体の配置を記した案内板がある

ラーンナー王朝を築いたメンラーイ王がワットチェンマンを見守っている

【 象の仏塔 】 チャーンローム仏塔 เจดีย์ช้างล้อม
1297年ワットチェンマンと同じ頃に建立され、釈迦の遺骨が納められている

仏塔の周りを15頭の迫力のある実物大の象で囲まれている

象の耳が不思議、象は体温を下げるとき耳をパタパタさせて、耳の裏の血管から熱を発散させている。しかしこの仏塔の象はこっちを向いているが、血管が大きく浮き出た耳の裏側もこっち向きである

大本堂の方へ石段が伸びている

大本堂側に窓があり複数の仏像が確認できる

石段の登り口にある仏塔の説明を記した石版


白い糸(ロープ)が、ラーンナー王国の祖メンラーイ王や、大本堂の背面に鎮座する大仏像から伸びてここに集中している

ラーンナー王国の祖メンラーイ王の像から白い糸が仏塔へ伸びている

13世紀のラーンナー王国のメンラーイ王のお顔をどのようにして復元したのだろう

大本堂の背面に鎮座する大きな仏像、ここからも白い糸が仏塔へ伸びている

仏塔の右側面の窓からも黄金の仏像が確認できる

仏塔の左側面の窓からも複数の黄金の仏像が確認できる

仏塔の周りには象の形に剪定した植木が点在する

【 大本堂 】 ウィハーン วิหารหลวง
大本堂の正面、左に八体守護仏、右に釣鐘

8体の「守護仏」自分の誕生日(曜日)の守護仏、向かって左から日曜日の守護仏で、水曜日だけは「昼」と「夜」の2体、最後の右端は土曜日の守護仏

大きな釣鐘、説明板は小本堂に安置されている重要仏像の説明

大本堂に安置されているご本尊


ご本尊の真後ろモンドップ มณฑป にも白い糸で繋がった大きな仏像が安置

たまたま近くにお坊さんがいらしたので、この仏像はキレイですね、と話しかけたら、「エメラルド3仏で、タイにはルドゥローン(暑季)、ルドゥフォン(雨季)、ルドゥナーウ(乾季)の3つ季節があり、羽織っているものが違うでしょう」と

祭壇左側にはラーンナー王国の祖メンラーイ王の写真が飾られている。 仏立像の1体には、その基部に西暦1465年を示す年が刻まれており、ラーンナー王朝に制作された最も古い彫像である。そしてそれは托鉢の鉢をもつ仏像としてタイ最古の仏像である

大本堂壁面には赤地に黄金で描かれたストーリー性のある圧巻の壁画 初代王メンラーイによるワットチェンマンの建設の歴史が描かれている

左側:メンラーイ王と王妃との結婚の儀の様子 右側:メンラーイ王は武器の訓練を受けた

メンラーイ王はチェンライの街をつくった

メンラーイ王はハリプンチャイ(ランプーン)を征服した。焼き払ったがプラケーオカーオが祀られているお堂はまったく焼けてなかった。メンラーイ王の勝利を祝った

メンラーイ王はウィアンクムカーム(チェンマイ郊外)を建国した

メンラーイ王は付き人と共に狩猟に出かけた。そこには2頭の白い鹿がいた

メンラーイ王は二人の友人を誘ってチャイヤプームで都をつくった

ナコーンピンチェンマイ(1839年)

メンラーイ王はワットチェンマンを建てた

プラセータンカマ二ーとプラシーラーに注水の儀式と祝賀式典




モンドップの後ろには大きな壁画

【 小本堂 】 ウィハーン วิหารจตุรมุข
大本堂のすぐ右手にあるお堂が小本堂 階段の両脇には守護神ナーガ(蛇神)が護っている ここには歴史的に重要な仏像が安置されている

中に入るとこんな感じで、周りの壁には彩色鮮やかな壁画が描かれている

祭壇の後ろのモンドップには2体の重要な仏像が安置されている

水晶で造られた仏像(レプリカ)もある

祭壇の後のモンドップ มณฑป の中に重要な仏像が2体
【左の仏像】プラセータンカマニー (Phra Sae Tang Khamani, พระเสตังคมณี)
この坐像は「プラケーオカーオ」(Phra Kaew Khao, พระแก้วขาว) や「水晶の仏像」(Crystal Buddha) ともいわれている。高さは10cm程で透明な石英の結晶を彫ってつくられている。この仏像は西暦200年ごろロッブリーの王のためにつくられ、662年に女王チャーマテーウィによりハリプンチャイ王国(現在のランプーン)に持ち込まれたといわれている。これはマンラーイ王がランプーンを征服した後、1296年になってチェンマイに移された
【右の彫像】プラシーラー (Phra Sila, พระศิลา)
この彫像は浮き彫りで、象のナラギリを手なずけて立つ仏陀を描いた彫像である。僧侶の話によるとこの彫像はおよそ2,500年前に彫られ、インドから来たという

小本堂の入口の左上の壁に描かれている「プラセータンカマニー」 (Phra Sae Tang Khamani, พระเสตังคมณี)

小本堂の入口の右上の壁に描かれている「プラシーラー」 (Phra Sila, พระศิลา)

祭壇の右端にハリプンチャイ王国のチャーマテーウィ女王の立像が安置されている

小本堂の入口左側にもハリプンチャイ王国のチャーマテーウィ女王の立像がある

小本堂内にも8体の誕生曜日の「守護仏」がある 左から、日曜日、月曜日、火曜日、水曜日昼、水曜日夜、木曜日、金曜日、土曜日

小本堂の窓を外から見ると、インド叙事詩ラーマーヤナ悪魔守護者によって護られている

小本堂の壁には極彩色豊かな壁画がずらりと並んでいる
お釈迦様が菩提樹の下で1,250人の僧侶に説教をしているところ

寺院を出てタンブンに廻る僧侶










【 布薩堂 】 ウボソット อุโบสถ
入口の扉の右側に石碑が見える

門柱の右側にある解説

この石碑(1581)にはラーンナー王国の創立日、西暦1296年4月12日午前4時という最も古い記述が刻まれている

チェンマイ市芸術文化センター Chiang Mai City Heritage Centre にも石碑が展示・解説されている

【 経蔵 】 ホートライ หอไตร
経典など大切なものを収納する蔵 架け橋の両脇には守護神ナーガ(蛇神)が護っている 蟻などの害虫から守るために池の上に建てられている



池にはたくさんの錦鯉が泳いでいる

溶存酸素不足か水面に口を出している

【 高僧クルーバーシーウィチャイのお堂 】 ครูบาศรีวิชัย

高僧クルーバーシーウィチャイへのお祈りの言葉が祭壇右に記されている

【 僧房 】 グティ กุฎิ
僧侶が寝泊まりする宿坊

【 参考文献 】 References อ้างอิง
この書籍はワットチェンマンの小本堂で購入することができます。120バーツ


【 ラーンナーの発音について 】
先日タイ語の先生にラーンナーの発音について教わりました
多くのタイ人は、ラーン(➙) ナー(➙) ลานนา と直線的に発音するけど、チェンマイの人は、ラーン(➚) ナー(➙) ล้านนา と一度上がって平声に戻る、と
カフェの店主Tom に何も言わずにラーンナーを発音してもらったら、やっぱり一度上がって平声に戻っていた
チェンマイの人たちは「ラーンナー」を誇りにしています






























































