ラーマ7世発行の貨幣

ラーマ7世(รัชกาลที่ ๗)の正式名は พระบาทสมเด็จพระปรมินทรมหาประชาธิปก พระปกเกล้าเจ้าอยู่หัว(1893-1941)で、通称はポッククラオ王 ปกเกล้า であり、また幼名をプラチャーティポックサックディデート というため、その一部を取ってプラチャーティポックとも呼ばれる。在位期間は、1925年から1935年までの11年間で、1925年に即位したラーマ7世の最大の課題は、先代のラーマ6世時代の放漫財政による財政赤字問題の解決であった。さらには1929年に世界恐慌が起こると、タイの輸出は激減し、タイ経済は壊滅的な打撃を受けた。そのためか銀貨の発行枚数は少ない。

表はラーマ7世の胸像、タイ文字左はプラチャーティポック、裏はシャム王国のシンボルの象 50サタン (1/2バーツ) 1929年発行 銀65% 銅35% 25.25 mm 7.49 g

下のタイ文字 ๕0=50 สต=สตางค์(サタン)

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表はラーマ7世の胸像、タイ文字左はプラチャーティポック、裏はシャム王国のシンボルの象 25サタン (1/4バーツ) 1929年発行 銀65% 銅35% 20.3 mm 3.73 g

下のタイ文字 ๒๕=25 สต=สตางค์(サタン)

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5サタン(1/20バーツ) 銀 1926年発行

タイ文字中央下 ๕=5 タイ文字右側=สตางค์(サタン)

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5サタン(1/20バーツ) 銀 1926年発行

タイ文字中央下 ๕=5 タイ文字右側=สตางค์(サタン)

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1サタン(1/100バーツ) 銅 1926年発行

タイ文字中央下  ๑=1 タイ文字右側=สตางค์(サタン)

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1サタン(1/100バーツ) 銅 1929年発行

タイ文字中央下  ๑=1 タイ文字右側=สตางค์(サタン)

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1サタン(1/100バーツ) 銅 1931年発行

タイ文字中央下  ๑=1 タイ文字右側=สตางค์(サタン)

バンコクにラーマ7世博物館「プラチャーティポック王博物館」がある。チャクリー王朝7代目のプラチャーティポック王の生い立ちから所有物までが展示されている。

ラーマ7世は 1925~1935年のわずか11年間の在位期間だったが、タイ王国(シャム)における最後の絶対君主であり、最初の立憲君主である。

ラーマ6世発行の貨幣

ラーマ6世 รัชกาลที่ ๖ の正式名はモンクットクラオ王 พระมงกุฎเกล้าเจ้าอยู่หัว(1880-1925)で、通称ワチラーウット王 วชิราวุธ と呼ばれている。即位期間は1910年から1925年。統治域は現在のタイ領土およびカンボジアとラオスで、主な功績は、義務教育制度の導入、チャオプラヤー河にかかる最初の橋(プット大橋)の建設、ドンムアン空港の整備、銀行の創設、シャム赤十字協会の設立、名字令の制定、多妻制の廃止、仏歴の採用、国際連盟への加入などタイの発展に大きく貢献した。

表はワチラーウット王(ラーマ6世)の胸像、裏の3頭象の銘刻はシャムの威厳を表す
1バーツ 銀90% 銅10% 1915年発行 5,000,000枚 30.4 mm 14.95 g

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ワチラーウット王(ラーマ6世)の胸像、裏の3頭象の銘刻はシャムの威厳を表す
2サルーン (1/2バーツ) 銀50% 銅50% 1919年1月16日発行 3,230,000枚 25.3 mm 7.45 g

銀と銅の割合は発行年月日によって異なる
1915年8月18日発行 銀80% 銅20%
1919年1月16日発行 銀50% 銅50%
1919年7月2日発行 銀65% 銅35%
1920年8月19日発行 銀65% 銅35%

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1サルーン (1/4バーツ) 銀 1924年発行 20.3 mm 3.69 g

1サルーンも2サルーンと同様に銀と銅の割合は発行年月日によって異なる

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1サルーン (1/4バーツ) 銀80% 銅20% 1915年発行

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1サルーン (1/4バーツ) 銀 1917年発行

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10サタン 銀 1913年発行

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10サタン 銀 1920年発行

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10サタン 銀 1921年発行

ラーマ6世は、歴代の国王を「ラーマ〇世」と呼ぶことに決めた国王である

ラーマ5世チュラーロンコーン大王発行の貨幣

ラーマ5世 รัชกาลที่ ๕ (1853-1910) の正式名はチュラチョームクラオ王,通称名チュラーロンコーン大王 พระจุลจอมเกล้าเจ้าอยู่หัว という。スコータイ王朝のラームカムヘーン大王,アユタヤ王朝のナレースワン大王と共にタイの三大王と称されている。15歳で即位(1868-1910)し,奴隷売買の廃止,中央集権国家の確立,官僚制の導入,学校教育の開始,鉄道の建設,郵便・電話事業の開始など数々の功績を残し,現在でも国民からの人気が高い。
ラーマ5世が即位した1868年頃のタイ(シャム)は,現在の領土のみならず現在のラオスのほぼ全域やベトナムの北部,カンボジア西部,さらにはマレーシアの北部までをも勢力下に収めた大国だった。もっともチャクリー王朝の直接支配はその全域に及んでいたわけではなく,地方の小領主がバンコクの王室に服属し,結果として緩やかな連合国家を形成していたという。

表はラーマ5世胸像の銘刻,裏は光が差したシャムの王冠(モンクート),下には3つのエンブレム,その両脇に剣と王の傘をもったライオンが描かれている。このコインは1901年から1907年まで毎年発行されている。裏面の下部に120から126までの番号が刻印されているが,120は1901年発行で,126は1907年発行である。しかしこのコインにはその数字が打っていないので,1901年以前の発行と考えられる(1876年発行という説もある) 1バーツ 銀 31.2 mm 15.14 g

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裏面下の番号は121 1902年発行


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裏面下の番号は122 1903年発行


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裏面下の番号は124 1905年発行

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表はモンクート王(ラーマ4世)の宝冠,裏はチャクラ輪,星の数は8個
1869年発行 1バーツ 銀 31.1mm 15.20 g 1914年まで使われた

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表はラーマ5世胸像の銘刻 裏は光が差したシャムの王冠(モンクート) 下には3つのエンブレム 下部の数字は125 1906年発行  1/4 バーツ 銀 21.0 mm 3.74 g

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裏面下部に数字の刻印なし発行年不詳 この1/8 バーツのシリーズは,1901年から1908年まで毎年発行(121~127)されている 1/8 バーツ 銀 15.8 mm 1.86 g

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表はモンクート王(ラーマ4世)の宝冠 裏はチャクリー輪 星は1個
1869年発行 1/8 バーツ (1ファン) 銀 15.4 mm 1.98 g 1909年まで使われた

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1アット 1887年発行 銅

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1アット 1890年発行 銅

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1/2 アット 1890年発行 銅

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1/2 アット 1890年発行 銅

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1アット 1895年発行 銅

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1アット 1895年発行 銅

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2アット 1899年発行 銅

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1アット 1899年発行 銅

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2アット 1902年発行 銅

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1アット 1903年発行 銅

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2アット 1905年発行 銅

ラーマ5世チュラーロンコーン大王のフルネームはとても長い:

พระบาทสมเด็จพระปรมินทรมหาจุฬาลงกรณ์ บดินทรเทพยมหามงกุฏ บุรุษยรัตนราชรวิวงศ์ วรุตมพงศบริพัตร วรขัติยราชนิกโรดม จาตุรันตบรมมหาจักรพรรดิราชสังกาศ อุภโตสุชาติสังสุทธเคราะหณี จักรีบรมนาถ มหามงกุฎราชวรางกูร สุจริตมูลสุสาธิต อรรคอุกฤษฏไพบูลย์ บุรพาดูลย์กฤษฎาภินิหาร สุภาธิการรังสฤษดิ์ ธัญลักษณวิจิตร โสภาคยสรรพางค์ มหาชโนตมางคประณต บาทบงกชยุคล ประสิทธิสรรพศุภผลอุดมบรมสุขุมมาลย์ ทิพยเทพาวตารไพศาลเกียรติคุณอดุลยพิเศษ สรรพเทเวศรานุรักษ์ วิสิษฐศักดิ์สมญาพินิตประชานาถ เปรมกระมลขัติยราชประยูร มูลมุขมาตยาภิรมย์ อุดมเดชาธิการ บริบูรณ์คุณสารสยามาทินครวรุตเมกราชดิลก มหาปริวารนายกอนันต์มหันตวรฤทธิเดช สรรพวิเศษสิรินธร อเนกชนนิกรสโมสรสมมติ ประสิทธิ์วรยศมโหดมบรมราชสมบัติ นพปฎลเศวตฉัตราดิฉัตร สิริรัตโนปลักษณมหาบรมราชาภิเษกาภิลิต สรรพทศทิศวิชิตชัย สกลมไหศวริยมหาสวามินทร์ มเหศวรมหินทรมหารามาธิราชวโรดม บรมนาถชาติอาชาวศรัย พุทธาทิไตรรัตนสรณารักษ์ อดุลยศักดิ์อรรคนเรศราธิบดี เมตตากรุณาสีตลหฤทัย อโนปมัยบุญการ สกลไพศาลมหารัษฎาธิบดินทร ปรมินทรธรรมิกหาราชาธิราช บรมนาถบพิตร พระจุลจอมเกล้าเจ้าอยู่หัว

ラーマ4世発行の貨幣

ラーマ4世 รัชกาลที่ ๔ の本名はチョームクラオ จอมเกล้า で、幼名をモンクート มงกุฎ と呼ばれていたためか、一般にはその呼び名で知られている。もともと兄のラーマ3世よりも王位継承権があったが、学業専念のために兄に王位を譲り、学問を続けた。在位は1851年から1868年までの17年間である。ラーマ5世チュラロンコン王の父。功績は、イギリスと通商条約を結ぶなど、それまでの鎖国状態から門戸を開放し、タイに西洋式の扁平の貨幣を初めて導入した。

英国のクイーン・ヴィクトリアからラーマ4世に贈られた造幣機でつくられた。おもて面は中央にモンクート王の王冠、両側に国王の日傘
2バーツ 1863年発行 銀 37.5 mm 30.49 g 厚みがある。発行枚数は少ない 

裏面はチャクリー輪の中央に象、周りの星の数は16個

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英国のクイーン・ヴィクトリアからラーマ4世に贈られた造幣機でつくられた。おもて面は中央にモンクート王の王冠、両側に国王の日傘
1バーツ 1860年発行 銀 31.2 mm 15.23 g 

裏面はチャクリー輪の中央に象、周りの星の数は8個

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英国のクイーン・ヴィクトリアからラーマ4世に贈られた造幣機でつくられた。おもて面は中央にモンクート王の王冠、両側に国王の日傘
2バーツ 1860年発行 銅 38.6 mm 22.20 g 
 

裏面はチャクリー輪の中央に前足が高い位置にある象

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前面にラーマ4世の打刻印 銀 15.10 g

上面にチャクリー王朝の打刻印

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前面にラーマ4世の打刻印 銀 15.10 g

上面にチャクリー王朝の打刻印

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前面にラーマ4世の打刻印 銀 15.30 g

上面にチャクリー王朝の打刻印

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おもて面は中央にモンクート王の王冠、両側に国王の日傘 銅 28.3 mm 9.12 g

裏面はチャクリー輪の中央に象

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おもて面は中央にモンクート王の王冠、両側に国王の日傘
1アット(1/8 フェン、1/64 バーツ) 1862年に貝の貨幣に代わって発行、1868年11月15日まで使用。 錫 29.2 mm 7.35 g 

裏面はチャクリー輪の中央に象、下に「方片捌」 右に「F」 左に「1/8」

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おもて面は中央にモンクート王の王冠、両側に国王の日傘

裏面はチャクリー輪の中央に象、下に「方片捌」 右に「F」 左に「1/8」

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おもて面は中央にモンクート王の王冠、両側に国王の日傘

裏面はチャクリー輪の中央に象、下に「方片捌」 右に「F」 左に「1/8」

ラーマ4世は、日本でもミュージカル「王様と私」で知られている王である。

タイ南部パッタニー王国の貨幣

パッタニー王国は、14世紀から19世紀にかけてマレー半島に存在したマレー人の王朝である。マレー系王朝の中でもいち早くイスラム化し、マレー半島のマレー系王朝の中で最も歴史が古い。その領土は現在のタイ南部パッタニー県を中心に展開したが、スコータイ王朝、アユタヤ王朝などの支配下にあった。アユタヤ王朝がビルマに滅ばされるとパッタニー王国は完全に自立したが、バンコクにチャクリー王朝が成立し、その君主ラーマ1世はパッタニーを再び征服し小邦に分割して支配した。その後ラーマ5世(チュラーロンコーン王)のチャクリー改革の一環としてパッタニーは中央政府の直接統治下に編入されたが、住民のイスラム意識が強く、その後も暴動・反乱が絶えなかった。現在でも旧パッタニー王国領の一部の地域である深南部3県では、住民のタイ政府に対する反発と、黄金時代のパッタニーへの憧れから、パッタニー王国再興を大義名分にした分離独立運動の動きがある。

むかし学生のころ南タイのトランやナコーンシータマラートを旅していると「パッタニーは警察や駅や学校が爆破されるかもしれないので危険だから行かないほうがいい」と諭されたことが何度かある。逆にマレーシアからタイに列車で戻ってくるとき一度だけタイ国鉄パッタニー駅を通ったことがある。

下に挙げるパッタニー王国の貨幣は、昔タイ南部ナコーンシータマラートの古銭商で入手したものである。

23.5 mm 2.91 g

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24.9 mm 2.98 g

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30.0 mm 6.73 g

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21.7 mm 2.88 g

タイ語では ปัตตานี、マレー語では Patani、Pattani、日本語ではパッタニー、パッターニー、パタニと表記される。

シャムの陶器製の代用貨幣「シャム・トークン」

シャム独自の通貨制度が未整備だったラーマ3世からラーマ5世の時代に(19世紀中頃から20世紀初頭)貝貨に代わり、華僑が経営する賭博場や商店内で様々な代用貨幣「シャム・トークン」(Token)が使用されていた。それらは陶器製で華僑が独自に作っていた。モチーフは、トンボ・蝶・クモ・カニ・鹿・亀・カエル・鳥・魚・イカ・金魚・ヒョウタン・花・植物・漢字などいろいろある。

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ラーマ2世・ラーマ3世発行の銀貨

ラーマ2世 รัชกาลที่ ๒ は、ラタナコーシン朝(チャクリー王朝、バンコク王朝)第2代の国王。正式な称号はプラ・バット・ソムデット・プラ・プッタルートラーナパーライ พระบาทสมเด็จพระพุทธเลิศหล้านภาลัย、通称プッタルートラーナパーライ พุทธเลิศหล้านภาลัย と呼ばれている。在位期間は1809年~1824年。文化・芸術が非常に栄えた時代で、ラーマ2世自身も戯曲や物語を創作した文豪王としても知られている。

前面にラーマ2世の打刻印 銀 

上面に王朝の打刻印

ラーマ3世 รัชกาลที่ ๓、ラタナコーシン朝(チャクリー王朝、バンコク王朝)第3代の国王。正式称号はプラ・バート・ソムデット・プラ・ナンクラオチャオユーフワ พระบาทสมเด็จพระนั่งเกล้าเจ้าอยู่หัว、 通称チェーサダーボーディンタップ เจษฎาบดินทร์ と呼ばれている。在位期間は1824年~1851年。功績は対清貿易による財政安定、寺院の建立、領土拡大が挙げられる。

前面にラーマ3世の打刻印 銀 13.80 g

上面に王朝の打刻印

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前面にラーマ3世の打刻印 銀 15.08 g

上面に王朝の打刻印

これらの貨幣は「弾丸コイン、弾丸貨幣」(Bullet Coin、Pot Duang)と呼ばれている。

タイ族の故郷中国雲南から来た銀貨

中国の秘境雲南地方はタイ族の故郷である。そのむかし雲南地方からシャム領内(タイ)に人の移動と共に文化や貨幣も入ってきた。

雲南銀錠解錠兵川課錠道光陸年10両 58.0 × 32.2 mm  184.5 g

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清朝末期 雲南5両牌坊錠(鞍型銀錠)  60.9 × 37.9 × 17.5 mm  201.5 g

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清朝末期 雲南5両牌坊錠(鞍型銀錠)  60.0 × 39.1 ×16.1 mm  177.1 g
「匯號紋銀」とは「送金銀行の高品位銀貨」という意味

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清朝末期 雲南5両牌坊錠(鞍型銀錠)  61.5 × 39.1 ×16.6 mm  172.3 g
萬泰元記匯號紋銀

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雲南銀錠 33.8 × 25.2 mm  53.62 g

ラーマ1世の銀貨 รัชกาลที่ ๑

チャクリー王朝の創始者で、本名はプッタヨートチュラーローク王 พระเจ้าพุทธยศจุลโลก、通称チュラーローク王。在位期間は、1782年~1809年。統治地域は、現在のタイ領とラオスおよびカンボジアであった。
ワット・プラケーオ(エメラルド寺院)も彼の建設によるもので、ここにエメラルド仏をヴィエンチャンから移した。

前面にラーマ1世の打刻印 銀 14.42g

上面に王朝の打刻印

この弾丸貨幣は 1785年発行

シュリーヴィジャヤ王国の貨幣

シュリーヴィジャヤ王国は,スマトラ島からマレー半島に至る地域で海上交易をおこなう大乗仏教を信仰する海洋国家だったと云われている。タイではシーウィチャイ ศรีวิชัย と呼ばれている。スマトラ島のパレンバンが王国の拠点であったが、7~8世紀頃タイ南部スラーターニー県のチャイヤーがシュリーヴィジャヤ王国の一時的な都だったとする説もあり,またタイ南部ナコーンシータマラートは,その頃の仏教の中心地だったと考えられている。シュリーヴィジャヤ王国の終盤は,スコータイ王朝の属国になったと云う。
ここに紹介する貨幣は,昔タイ南部ナコーンシータマラートの古銭商で入手したものである。店主の趣味で蒐集していた非売品だったが,その一部を譲ってもらうことができた。

画像は表と裏が上下セットになっている。おそらく両面とも金箔仕上げだったと思われる。よく見ると刻印が施されているものもある。

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古代の貨幣を見ていると、その当時の人々の声が聞こえてくるようでロマンを感じる。