パッタニー王国は、14世紀から19世紀にかけてマレー半島に存在したマレー人の王朝である。マレー系王朝の中でもいち早くイスラム化し、マレー半島のマレー系王朝の中で最も歴史が古い。その領土は現在のタイ南部パッタニー県を中心に展開したが、スコータイ王朝、アユタヤ王朝などの支配下にあった。アユタヤ王朝がビルマに滅ばされるとパッタニー王国は完全に自立したが、バンコクにチャクリー王朝が成立し、その君主ラーマ1世はパッタニーを再び征服し小邦に分割して支配した。その後ラーマ5世(チュラーロンコーン王)のチャクリー改革の一環としてパッタニーは中央政府の直接統治下に編入されたが、住民のイスラム意識が強く、その後も暴動・反乱が絶えなかった。現在でも旧パッタニー王国領の一部の地域である深南部三県では、住民のタイ政府に対する反発と、黄金時代のパッタニーへの憧れから、パッタニー王国再興を大義名分にした分離独立運動の動きがある。
むかし学生のころ南タイのトランやナコーンシータマラートを旅していると「パッタニーは警察や駅や学校が爆破されるかもしれないので危険だから行かないように」と諭されたことが何度かある。逆にマレーシアからタイに列車で戻ってくるとき一度だけタイ国鉄パッタニー駅を通ったことがある。
下に挙げるパッタニー王国の貨幣は、昔タイ南部ナコーンシータマラートの古銭商で入手したものである。


23.5 mm 2.91 g
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24.9 mm 2.98 g
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30.0 mm 6.73 g
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21.7 mm 2.88 g
タイ語では ปัตตานี、マレー語では Patani、Pattani、日本語ではパッタニー、パッターニー、パタニと表記される。