タイ東北部ウドンタニに黄金の「釈迦仏足跡」

ウドンタニの郊外にあるワット・プラタート・プラ・プッタバート・ブアボックという長い名の寺院に、黄金に輝くお釈迦様の足跡「釈迦仏足跡」が安置されていた。小さな寺院だけど毎年3月の祭りの日には、全国各地から大勢の参拝者が訪れ賑わうという。

ワット・プラタート・プラ・プッタバート・ブアボック寺院

仏塔は装飾されている

仏塔の入口、この中に 「釈迦仏足跡」 が安置されている

黄金に輝くお釈迦様の足跡「釈迦仏足跡」長さ約2m

仏教国タイにはすごいものがあるのに時どき驚くことがある。この黄金に輝くお釈迦様の足跡「釈迦仏足跡」にも驚いた。年に一度のお祭りの時には、この釈迦仏足跡を全国から大勢の人が拝みに訪れるというのも分かる気がする。

Buddha footprint, Udon Thani, NE Thailand

タイ東北部シーサケットに「仰向けの涅槃像」

タイ東北部シーサケットにあるワット・プラタートルアンローン寺院に仰向けになった涅槃像が安置されている。最初見たときはもうびっくり(@_@)

近隣のラオスやミャンマーも含め「仰向けの涅槃像」を見たのは初めて

涅槃像とは、釈迦が入滅する際の様子をあらわした仏像で、右手を枕に頭は北向き、顔は西向きに寝ている。のはずが・・

低い枕に頭をゆだね手を重ねる「仰向けの涅槃像」

つま先も横向きではなく上を向いている

なんかしっくりいかない。

Reclining Buddha, wat Phrathat Ruangrong, Srisaket, NE Thailand

ランナー王国最初の都「ウィアン・クム・カーム遺跡群」チェンマイ

チェンマイの南東5kmのところに広がる地域に、メンラーイ王によってランナー王国最初の都が築かれた。しかしピン川の水位よりも低いこの地は度重なる氾濫・洪水によって都は土砂に埋まり、チェンマイへの遷都後何百年もの間忘れ去られていたという。

それが1984年に当時の遺物が偶然発見され発掘作業が始まったが、範囲が広い上に遺跡が点在しているため今もなお発掘作業は続いている。

ウィアン・クム・カーム遺跡の大半がレンガの基壇部や崩れた仏塔だが、寺院を囲む防壁や門、階段の飾り、井戸などが良好な状態で残っているところもある。

ワット・イーカーン遺跡

ワット・イーカーンの仏塔 煉瓦がむき出しになっている

ワット・プーピアの仏塔 上部まで残っている

ワット・プーピアの仏塔

門がよい状態で残っている

この門もよい状態で残っている

上部が欠損したワット・ファノーンの仏塔 周りを囲むチャーンロープと呼ばれる象が4体だけ残っている

ワット・ナーンチャーン 本堂への階段の手すり部分に「マカラ」というワニと魚が合体した神獣が辛うじて残っている

ワット・タートカーウの仏像

本堂基壇部と階段がしっかり残っている

仏塔の基部だけが残っている

基壇部と仏塔の基部しか残っていない

井戸とサワディーオブジェが残っている

良好な状態で残っている井戸の跡

当時の木製の象 現在も信仰の対象になっているようである

同じく木製の象 時を越えて残っている

ウィアン・クム・カーム遺跡へは、チェンマイからトゥクトゥクを半日チャーターしてゆっくり廻った。現地では馬車や専用のミニバスもある。2012/12/30

Wiang Kum Kam Remains, Chiang Mai, Thailand

バンコクから寝台列車でタイ南部ナコーンシータマラートへ

寝台列車の旅は、旅情をかきたてるので大好きである。このとき初めて1等寝台の個室に乗車した。バンコクのフアランポーンから、南部の終着駅ナコーンシータマラートまで約800km、17時間ほどの寝台列車の旅だった。

バンコクを出たとき2等寝台は欧米人バックパッカーでほぼ満席だったが、夜が明けスラタニで、サムイ島に渡るためかほとんどのバックパッカーが下車し、2等寝台はガラガラになった。

スラタニを出ると、終着駅ナコーンシータマラートまでまだ3時間半ほどあるのに、乗務員は仕事が終わった感ありありだった(笑)

フアランポーン駅4番ホームに19:30発ナコーンシータマラート行き寝台列車が入線してきた。列車内へは発車30分ほど前から乗車できる

初めて乗る1等寝台の個室に身も心もウキウキ。お湯の出る小さな洗面台もあり、ペットボトルの水もあった

頃合いを見て乗務員がベッドメイキングしてくれる

1等寝台列車には共用の温水シャワールームが付いている

夜が明けしばらくするとスラタニ駅に着く。ここで欧米からのバックパッカーがサムイ島を目指し下車する

これが寝台列車のチケット

バンコクのフアランポーン駅に入線しているとき、ナコーンシータマラートまで乗るのでご飯よろしくね、と食堂車のコックさんに声かけたら微笑んでくれた

ここが食堂車、バックパッカーは飲食物を買い込んで乗車するためか案外空いている

食堂車だけが窓が開き、風が入ってくる

晩ご飯、車内では飲酒が禁止になったのでビールが飲めないのが辛い

以前は夜風に吹かれながらタイビールだったが、ある事件が発生して以来禁酒になった

翌朝スラタニでバックパッカーが下車した後、2等寝台はガラガラになり乗務員はリラックス、タイマッサージをしているのを見てしまった(笑)

車掌にとって大切な旗も置きっぱなし(笑)

終着駅までまだ数時間あるのにバックパッカーがいなくなると乗務員はプライベートモードになる(笑) 途中駅で買ったと思われるサトー豆を持っている、自宅に持ち帰るのかな…

そんなおおらかなタイが好き

1等寝台の個室の料金は、1,472バーツ(約5,000円)長距離移動の列車代+ホテル代と考えれば安いかも。2015/8/3-4

高速の長距離バスを利用した方が安くて断然早く目的地に着くが、僕は歩き廻れる寝台列車の方が好き。

Sleeper train of State Railway of Thailand

夜のチュンチュム寺院はさらに美しいタイ東北部サコンナコン

タイ東北部サコンナコンにある王宮守護寺院「ワット・プラタート・チュンチュム」は、仏事が行われるたびに、夕方から夜にかけて地域の人々が集まり、盛大に祈りを捧げる。月明かりとライトに照らされた本堂および仏塔は、とても綺麗である。

境内にいる大勢の僧侶や信者をマイクを通しリードしながらお経を唱える。大合唱だった。

本堂のご本尊と僧侶

本堂の入口のところでダメもとながら丁重に写真を撮ることは可能かどうかを僧侶に尋ねたところ、「ダ~イ・ダ~イ」と、しかも中に入って僧侶の前から撮ればいい、と案内してくれたヽ(^o^)丿 ちょっと信じられないくらい嬉しかった。緊張しながら、パシャ

その場を立ち去るとき、僕が手を合わせお礼を表現すると、一番手前の僧侶がお経を唱えながら僕に目と顔で応えてくれた。すごく感動した

信者も入れないところに入れてもらって写真を撮らせてもらったのである

本堂の外では大勢の信者たちが僧侶と共にお経を唱えている

本堂前のひな壇にたくさんの僧侶が鎮座している

こんな夜景の美しい寺院がほかにあるだろうか・・

後半になると信者たちが、祈りを捧げながら本殿と仏塔の周りを廻り続けた

タンブン喜捨をするところ、僕も2番目に大きなお札をタンブンした

~ ここからは夕方の光景 ~

全部で80あるお鉢の一つひとつに25サタンを1個ずつ入れて廻った。チャリン、チャリン、いい音! 手前の青いお碗に25サタンがどっさり、お碗ひとつ20バーツ

準備のためか忙しそうだった

高さ24mの純白の仏塔、先端部分には4kgの金で作られた傘の装飾が施されている

女性が手首に糸を巻いてもらっているが、僧侶と一定の距離を保っている

僧侶に聖水をかけてもらっている

すごい経験をさせてもらいました。

タイ東北部サコンナコンを訪れる機会があれば、ぜひ「ワット・プラタート・チュンチュム寺院」へ行かれることをお勧めします。

Wat Phra That Choeng Chum, Rueang Sawat Rd, Amphoe Mueang, Sakon Nakhon, Thailand

タイ北部チェンダオ洞窟の周りにある仏塔

仏教国において洞窟はしばしばお寺になっている場合がある。タイ北部チェンマイの北75kmにあるチェンダオ洞窟もそうである。その内部の様子については前に「チェンダオ洞窟の仏像」で紹介した。

今回は、そのチェンダオ洞窟の周りに存在する仏塔を紹介したい。

チェンダオ洞窟の周りには、いくつも仏塔がある

この仏塔は、周りに3段に配された小さな仏塔で囲まれている

それぞれの仏塔の表面は、でこぼこで丸みを帯びていない

基底部分は直線的である

基底部分は直線的で正方形になっているのが共通した特徴

仏塔は小ぶりで、繫栄していた時代の権力者のお墓なのかな・・

Chiang Dao, Northern Thailand

タイ北部ランプーンの寺院ワット・チャーム・ティーウィー

この寺院は、ランプーンの中心から少し離れているが、サムロー人力車がどうしても案内したいと連れて行ってくれた。大きな寺院ではないが、北タイ最初の王国ハリプンチャイの初代女王チャーム・ティーウィーのお遺灰を祀るために建てられたという仏塔があった。

この寺院に詣でず、ハリプンチャイを語ることなかれ、と思うようになった。

どこへ行ってもサムローに案内してもらう

仏塔ククット(Chedi Kukut)

寺院の名の由来になっているランプーンのかつての王国ハリプンチャイの女王「チャーム・ティーウィー」のお遺灰が収められた5段の階層ピラミッド形の仏塔である。

この仏塔は、11~12世紀に建てられたものと推定されていて、スリランカの古代都市ポロンナルワにあるサトゥマハル・ブラサーダの仏塔の様式と同じで、その後の正方形の土台を持つ仏塔のモデルになっている。

今の状態は、サワティシット王が13世紀に修復したものと考えられている。

底辺一辺15.35m、高さ21m、各段の一面には仏像3体が安置され、全部で60体の仏像が祀られている。仏像は、ドヴァラヴァティ様式

仏塔ラタナ(Ratana Chedi)

もうひとつが八角形の形をした仏塔ラタナで、11~12世紀のハリプンチャイ王国の黄金期に建てられたものと推測されている。

直径4.4m、高さ11.5mで、一段目には立仏像、上には瞑想している仏像を祀り、それらはタイ中央のドヴァラヴァティの影響を受けたハリプンチャイ様式の仏像と言われている。

「仏塔ラタナ」と「仏塔ククット」

ハリプンチャイ国立博物館」もご覧いただければ嬉しいです。

チェンマイから近いので、また行ってみようと思っています。

Wat Cham Thewi, Lamphun, Thailand

クアラルンプールぶらり旅

クアラルンプールといえば学生の頃インドネシアの調査から戻り、安宿を探したがその日がたまたまメーデーで部屋が全く空いてなくて、キスリングから買い換えたばかりのサムソナイトのスーツケースの上でうとうとしながら街中で夜を明かしたことを思い出す。

その後も家族とバンコクから列車でマレー半島を縦断した時にも途中下車した街である。ところが今はもう大都会になっていた。

絵になる旧クアラルンプール駅

マレー鉄道の本社ビル

昔はホームが低く簡単にホーム間を行き来できたが、今は高くなっている

ペトロナスツインタワー 1998年に完成した高さ452mの88階建て超高層ビル

クアラルンプールタワー通称「KLタワー」1996年に完成した高さ421mの通信タワー、ペトロナスツインタワーより高い位置に展望台があるため、クアラルンプールで一番眺めの良いスポットである。窓ガラスが無く直接景色を眺められる「スカイデッキ」からの眺めは最高、ツインタワーが見える

まるで空高く浮いているような恐怖感さえ感じる全面ガラス張りの「スカイボックス」

ランチは「リトル・インディア」インド人街へ

インド人スタッフに勧められたカレープレート、カレーは飲み物

夜はマレーの民族ダンスを見ながら「マレー料理」

マレー料理の定番「サテー」

マレー料理3品

ツインタワーの下にある小籠包専門店でビールと美味しい小籠包

「トリュフと鶏肉の小籠包」と「カニと鶏肉の小籠包」いずれも熱い肉汁のうま味が口の中に広がった。こんな美味しい小籠包は初めて。この店は、台北で行列ができていて、入れなかった店、有名店らしい

麺料理も美味しい

チャーハンも一味違った

動物たちとも触れ合うことができた。でかいイグアナ、なでなでしてもじっとしている

動物どうしも仲良し

アルパカもいた

クアラルンプール滞在中、この他モスクや博物館などいろいろ行ったが、KLタワーの展望台にある全面ガラス張りの「スカイボックス」が一番印象に残った。真下をなかなか直視することができず、正直足がすくんだ。

Petronas Twin Towers, Kuala Lumpur Tower, Kuala Lumpur Train Station

タイ東北部ナコンパノムの綺麗な寺院ワット・プラタート・プラシット

タイ東北部ナコンパノムの市街地から100kmほど西へ行ったところに、とても綺麗な「ワット・プラタート・プラシット」という寺院があった。イサーン風というかラオス様式の寺院である。タイ東北部の多くの仏塔は細く丸みを帯びていない。

綺麗なワット・プラタート・プラシット寺院

上からも仏様が見ている

田舎は空気が澄んでいる

火曜日の仏陀は涅槃像。タイ人は自分の生まれた曜日を知っていて、その仏陀にお参りをする。僕は金曜日、瞑想する立像の前でお参りをした。

ナコンパノムで宿泊したホテルThe River Hotelのドライバーさんに案内してもらいました。

「Wat Phra That Prasit」 2 Na Wa, Na Wa District, Nakhon Phanom, Thailand

Open daily, 6:00~22:00

ドイステープの中腹にある古いお寺「ワット・パーラート」チェンマイ

チェンマイ市街の西側に横たわるドイステープ山の中腹に、古い静かなお寺「ワット・パーラート」が佇む。緑に囲まれ、聞こえるのは小鳥のさえずりと小川のせせらぎだけ。僧侶とすれ違うと、なんだか心が洗われた気持ちになる。参拝に来るのは地元の人で、観光客は少ない。このお寺はクーナー王によって14世紀に建立された仏教寺院であるが、ランナー様式とビルマ様式が混在しているように感じる。お堂では若いタイ人女性がお参りしていた。

ここを訪れたのは2018年2月で、現在はタイ王国文化省によって修復工事が進んでいるようである。

お寺の入口は、上半身が天使で下半身が獅子の守護神によって護られている

本堂の奥にはビルマ様式の古い仏塔がある

仏塔にはご本尊が祀られている

境内は山の森の中にあるので起伏に富んでいる

本堂を護る守護神は、上半身が天使で下半身が龍神

白亜の仏像にお参りする若いタイ人女性

古い境内に新しい建物もある

一番心に残った崖の下の古い坐像、現在はネット情報によると白亜の祠で覆われている

険しい古い参道

チェンマイには有名な寺院がいくつもあるが、このような寂れた古い小さなお寺も趣があって心癒される。

ワット・パーラート寺への行き方は、ドイステープ寺院行の乗り合いソンテウに乗り、中腹のワット・パーラートで降ろしてもらう。帰りはドイステープ寺院からチェンマイ市内へ下るソンテウを止めて乗せてもらうとよい。

Wat Pha Lat, Doi Suthep, Chiang Mai, Open daily, 6:00~18:00

古代文明に迫るバーンチェン遺跡博物館

太古にバーンチェン周辺に居住していた古代人たちは、どのような暮らしをしていたのだろう。バーンチェン遺跡から発掘された出土品を見ると、彼らの生活の一端が垣間見えてくる。青銅や鉄、石、動物の骨などで道具を作っていた。

出土品を基にしてバーンチェン遺跡博物館では、古代バーンチェン人の生活の復元を試みている。

「銅鐸」東南アジアにも銅鐸文化があったのには驚き、渦巻き状の模様が施されている

装身具と思われる

これらにも渦巻き模様がある

装身具と思われるが、8個の渦巻き模様の鈴が付いている

斧・鏃および制作時に使った鋳型

斧(包丁)と鋳型

青銅製の斧

鉄製の道具

鏃と装身具(?)

装身具と思われる

鉄製の道具類と装身具

腕輪、鈴付き腕輪

装身具類と狩猟採集に使った道具

精巧にできた金属製の器

石器類

石で作った腕輪の破片

狩猟採集のときに使ったと思われる土玉

動物の骨で作った釣り針、道具類

骨製の道具類

動物の骨で作った道具類

熱で溶かした金属を鋳型に入れているところのジオラマ

鋳造のときに使った道具

熱で溶かした金属を鋳型に入れているところのジオラマ

熱した金属を叩いて伸ばしているところのジオラマ、古代に金鋏は不自然

糸を生成しているところのジオラマ

糸を生成するときに使う道具

土器を作っている様子を示すジオラマ

土器を作るときに使う道具

土器に染め付けしているところのジオラマ

布を作っているところのジオラマ

土器などにパターン模様をつけるときに使うローラー

発掘された人骨

発掘された人骨の下あご

発掘された人骨の上あご

現在のタイ領内に紀元前3000~2000年頃、このような文化をもった人類が存在していたことにたいへん興味をもった。今のタイ人は中国方面から南下してきたと言われているが、このバーンチェン人たちはどこから来たのだろう…

この投稿は、ウドンタニ郊外にある古代文明「バーンチェン遺跡」 の続きです。

Ban Chiang Archaeological Museum, Ban Chiang, NE Thailand

ウドンタニ郊外にある古代文明「バーンチェン遺跡」

バーンチェン遺跡は1966年に発見され、赤い独特な幾何学模様が描かれた土器として知られるようになり、1967年から、アメリカとタイによって本格的な調査が行われ、1992年に世界文化遺産に登録された。

土器の他、青銅製物、人骨および動物の骨などが発掘されており、東南アジアにおいて極めて重要な有史以前の人類の営みがここに存在していた証拠になっている。

最近の研究では、この文明はこの辺りに紀元前3000~2000年ごろに存在していたと考えられている。

発掘された土器をはじめとする出土品は、「バーンチェン遺跡博物館」に保存されている。今回は、バーンチェン土器について紹介したい。

バーンチェン遺跡博物館

土器表面の拡大

発掘現場の断面の模式図

博物館内に発掘現場が再現されている

博物館から約1km離れた所にある「ワットポーシーナイ寺院」の境内にある発掘現場

ここは発掘現場の中で最も重要な発掘現場で、1981年から公開されるようになったという

遺体は土器と一緒に埋葬されていた

国立バーンチェン遺跡博物館

プーミポン前国王がこの地に博物館を設置することを指示したことにより、1975年に設立された

入場料は150バーツ、タイ人30バーツ、遺跡発掘跡地入場料も含む。月曜日・火曜日は休館

土器の染付に使われている赤い塗料は、メコン川沿いを中心にタイ東北部に点在する古代人が描いた壁画の塗料にどこか共通しているように思う。このブログの「先史時代の壁画」をご覧あれ。

バーンチェン遺跡博物館は、ウドンタニ市街地から東へ約50キロ離れたところにあり、行き方は戻りの足のことを考慮しウドンタニでソンテウをチャーターし往復交渉した方がよい。

Ban Chiang Archaeological Museum, Ban Chiang, NE Thailand

チェンマイの「蝶Bar」と「蝶Café」

タイ北部は蝶をはじめとする昆虫の宝庫である。僕も1980年から機会あるごとにチェンマイで昆虫を追っかけてきた。そして今はチェンマイにコンドミニアムを借りて悠々自適に暮らしているが、そのチェンマイライフがコロナで途切れている。

コンドミニアムから歩いて5分程のところに蝶づくしの「蝶Bar」と「蝶Café」がある。ジムで体を動かし、屋台で晩ご飯を食べ、そして「蝶Bar」で暫し寛ぐ。どっかの国のマナーの悪い客はいない。ホッとするひと時である。

蝶づくしの「蝶Bar」

天井も高く開放感のある雰囲気のいいBarである。カウンター下には蝶々がいっぱい。スコッチのボトルをキープしているので水割りをつくってもらう。グラスも素敵だ。そしてタイ語会話のレッスンが始まる(笑)

いまにも蝶が舞いそうな「蝶Café」

イスにもテーブルにも蝶がとまっている

しかしこの外のテーブルは使わず、エアコンの入ったビル内で北タイ産の美味しいコーヒーを飲む

チェンマイには老後を楽しんでいる日本人も多いが、僕は言葉の障壁を乗り越えてでもタイ人100%の中で暮らしたい。

第二次世界大戦中タイ南部に侵入した日本軍の足跡

(1)ナコーンシータマラートにある慰霊碑

第二次世界大戦中、日本軍は大東亜共栄圏構想によりナコーンシータマラートにも上陸した。部隊の目的はイギリス植民地のマレー進攻であったが、ナコーンシータマラートにおいてもタイ国軍との戦闘が発生した。これにはタイ側の情報伝達の遅れにも起因したという。日本軍としてはタイ南部はマレー進攻のための通過地、 駐屯地としての認識が強かった。

昭和16年12月8日未明、タイ側からすれば突如侵入してきた日本軍と戦闘状態になったが、結局、日タイ間で軍隊通過協定が8日正午ごろ成立し、それで戦闘は終結した。

その後、日本とタイの交渉は急速に進み、12月21日に日タイ同盟条約が正式調印され、それに基づく日タイ共同作戦に関する協定が翌17年1月3日に成立している。
さらにタイは1月25日、米英に対して宣戦布告し、枢軸国側の一員となった。

昭和16年12月8日未明、突如侵入してきた日本軍と果敢に交戦したタイ国軍兵士の銅像

モニュメントの説明

慰霊碑には、タイ人の犠牲者の名前が刻まれており、若い人や軍人がお参りしていた。僕が頭を下げながら日本語で「ごめんなさい」とつぶやいたら、微笑んでくれました

(2)カンタンにある日本軍が掘ったトンネル

インド洋側のタイ国鉄の終着駅カンタンから少し離れた小高い丘に、第二次世界大戦中に日本軍が掘って使用していたトンネルがある。訪問した日はちょうど地元の小学生が見学に来ていて、先生が説明をし、児童たちに「2482~2488年」を何度も複唱させていた。タイ仏歴2482~2488年は、1939~1945年にあたる。

地元の小学生が大戦中に日本軍が掘ったトンネルを見学に来ていた

トンネルの入り口には銃を持った日本兵の像があり、タイ語で「日本軍のトンネル」と記されている

トンネルの内部は特に何があるわけでもない

トンネルを出ると視界が広がり、遠くにトラン川が見える

トンネルの外には日本軍が使用した大砲もある

タイの地方を旅していると、日本とタイの繋がりを考えさせられることがある。今回は、第二次世界大戦中の日本とタイ南部の関係を考えさせられた。

若い頃は昆虫の分布や分類を通してタイを見てきたが、歳を重ねるごとに視野が広がってきた。

タイ南部の影絵芝居ナンタルン博物館

ナコーンシータマラートを中心にしたタイ南部に「ナンタルン」と呼ばれる影絵芝居がある。これはインドネシアから入ってきたといわれ、タイ南部の伝統芸能となり古くから庶民の間で親しまれてきた。現在でもお寺のお祭りやお祝い事などがあると見ることができるが、その文化もしだいに薄れてきているという。

この影絵芝居ナンタルンで使われる人形は、なめした牛や水牛の皮などに細かい透かし彫りを施し、色を入れ、光を投影した時にその美しさがスクリーンに映し出される。

「スチャート・サプシン影絵博物館」の設立者スチャート・サプシン氏は、ナンタルン芸能でタイ王国国家芸術家として2006年に認定され、ナンタルン芸能の保存と継承に努めてきた。ナコーンシータマラートの郊外にある彼の住宅は、文化遺産を保存する施設になっている。

「スチャート・サプシン影絵博物館」 の入口

「影絵芝居」スクリーンの裏から影絵人形に光を投影し物語が展開される

50~100年前の影絵人形

左:第二次世界大戦中の影絵人形、右:1795年の影絵人形

影絵芝居上映中に演奏される楽器

博物館は2階建てで、2階が主な展示室になっている

インドやインドネシア、中国、トルコなど国々の影絵人形も展示されている

第二次世界大戦中および1947年の影絵人形

影絵人形すべてに名前がある

工房では職人さんが微細なノミとトンカチで細かい穴を空け影絵ゾウを制作していた

よく見るとデザインの下書きが施され、周囲は油を付けた小刀でカットするという

色もスクリーンに綺麗に出るように細い竹で作った筆を使い、特製の絵の具で染め付けるところも見せてくれた。彼女が精魂込めて作った影絵人形

博物館にはショップもあり、影絵人形のTシャツを3枚買った(笑)

影絵博物館訪問より前に、タイ南部をローカル列車で旅していたとき、列車内におじさんが影絵芝居に出てくる登場人物のキーホルダーを売りに回ってきた。ふつうはおばちゃんがご飯や飲み物、果物を売りに回って来るが、そのおじさんは影絵キーホルダーだけを携えていた。1つ10バーツ(33円)全種類買った(笑) 2015年夏

「スチャート・サプシン影絵博物館」 へは、ナコーンシータマラート駅近くからソンテウで送ってもらった。

博物館で説明を聞いていると、インドネシアで見たワヤンを思い出すと同時に、子供の頃いつも楽しみにしていた自転車で来る紙芝居をふと思い出した。 2019/10/19

Shadow play, Nakhon Sri Thammarat, S Thailand

チェンマイ大学の学食のぶっかけランチ

チェンマイ大学の広大なキャンパスには、各学部ごとに安くて美味しい学食がある。ひと皿25~35バーツ、約100円で昼ご飯が食べられる。

農学部の学食

12時を過ぎると学生たちが押し寄せてくるので、その前にランチ

メインは毎日替わるぶっかけ飯

サイドメニューもいろいろある

麺類もいろいろあり、日によっては鶏肉カオソーイ(25B)もある

3品にカイダーオをのせてもらって35B(110円) 鶏肉とジャガイモはマッサマン

それぞれに料理名があるが指差しで十分通じる30B(100円)

トーマンプラー2個つけて35B(110円) パクチースープはセルフサービスで無料

2品にカイダーオをのせて30B(100円)

経済学部の学食

食べたいランチのブースに並ぶ

昼時は学生でいっぱいになる

これで35B(110円)、国立大学は国から補助が出ているので安い

人文学部の学食

文系学部は学生数が多いので厨房の人はたいへん

南タイのイカ・カレーって感じ、カイダーオのせても25B(80円)

教職員食堂のぶっかけランチ

インゲンやキクラゲやナスの料理をのせてもらって35B(110円)、生キュウリ、生シカクマメはセルフサービスで無料。生でシカクマメを食べると、口の中がスッキリする

いつもぶっかけ3品+カイダーオだけど、この時の1品は別小鉢 35B(110円) マナオや生野菜はセルフで好きなだけ

付け合わせの野菜はフリー、高菜があるのが嬉しい 30B(100円)

教職員食堂にはタイの伝統的なお菓子のデザートがあり、女性教員が美味しそうに食べていたので僕も(^ム^) 8個選び40Bだったので1個5Bかな(17円)。一方学食の方にはアイスをはじめ多種多様なデザートが販売されている

毎回飲み物は7Bのペットボトルの冷えた水を飲んでいるので、ぶっかけランチ代が35B+水代が7Bで42B(140円)

キャンパス内には学食の他にエアコンの入った小奇麗なカフェも点在するが、街中の料金とほぼ同じである。また、アイスコーヒーやタイ茶などが安く気軽に飲めるオープンカフェもある。

来週は新型コロナワクチン接種の1回目を受ける。2回目は来月で、晩秋にはチェンマイに戻りたい!

はまる食品の「辛口コオロギ」を試食

長崎県佐世保市のはまる食品から「辛口コオロギ」(タイ産フタホシコオロギの素揚げレッドペッパーコオロギ)を配送してもらった。

ピリ辛で最高に美味かった(^o^)丿 これまで食べた通販の昆虫食の中で一番美味しいかも

印刷ではなく手書きの言葉が添えられていた。

タイ料理が好きな方はぜひ試食を。 1袋5g、700円

ピリ辛でとても美味しい「辛口コオロギ」

「辛口コオロギ」のパッケージ

手書きの言葉が添えられていた

僕は「はまる食品」の回し者ではありません(笑)

サゴゾウムシ幼虫「サゴワーム」はとても美味しい

長崎県佐世保市の「はまる食品」さんにご多忙のところご無理を言って調理してもらった「レッドペッパー・サゴワーム」 ただでさえ美味いサゴワーム、僕の好きな辛いレッドペッパーをからませたサゴワームはもう最高。芯まで完璧に乾燥させないことでサゴワームのうま味が出てた(^o^)丿

特注なのでパッケージに「レッドペッパー・サゴワーム」のラベルがない(^ム^)  ご丁寧にレシピまでご教示下さった。「生のサゴワーム解凍 → 茹でる → 蒸す → 辛み成分と塩分を沁み込ませる → 乾燥」 はまる食品さん、本当にありがとうございました。感謝、感謝です。

レッドペッパー味のサゴワーム

特注なのでパッケージに「レッドペッパー・サゴワーム」のラベルがない

ヤシ類の侵入害虫ヤシオオオサゾウムシ ( サゴゾウムシ )の成虫、Wikipediaより

オサゾウムシ科のヤシオオオサゾウムシRhynchophorus ferrugineus (Olivier,1791)は、昆虫食界ではサゴゾウムシ、幼虫を「サゴワーム」と呼んでいる。本種は、東南アジアおよびオセアニアの熱帯地域に広く分布し、サゴヤシやココヤシ、アブラヤシなどのヤシ類を食害している。街路樹や植栽用としてのヤシ類の需要の高まりにより、ヤシ類と共にサゴゾウムシも世界各地の亜熱帯・温帯地域に分布を広げ、日本では1975年ごろに沖縄に侵入し、今では西日本各地に部分的に広がっている。

卵からふ化した幼虫は他のゾウムシ類と同様に脚がなく、太いイモムシ状をしている。幼虫はヤシ類の成長点付近を食べて成長するが、1本のヤシに多数の幼虫が食い込むと成長点がひどく食害されてヤシの成長が止まり、葉柄が次々と折れ、やがてヤシそのものが枯死する。

自分で作る「ソムタム」はまた格別

まだ帰れないチェンマイに思いを馳せる

何ひとつ料理を作れない大昔の九州男児が、自分で食べる「ソムタム」を作る(笑)

「ピーラーはダメ、やっぱり包丁を使わないとね」 「新鮮な青パパイヤの千切りの1本1本がピーンとシャキッとしてないと美味しくない」 「ポイントは、あまり叩き潰さないこと」と言うまでに成長しました(笑)

自分好みのソムタムを作る

なんか要領が分かってきた~

チェンマイの馴染みのぶっかけ飯屋、忙しいお昼の時間帯を外して行くと、いろいろ教えてくれたり、体験させてくれたりしますヽ(^o^)丿

普通にぶっかけ飯を食べるだけでも、香草を使った郷土のスープや、自分ちで収穫した果物や、オーガニック葉の生ジュースや、パクチー盛など何かしらサービスしてくれます。感謝をどうやって表現したらよいか分かりません。小銭のチップは置いていきますが… たぶん僕がタイ人が好きってことは伝わっていると思います(笑)