タイ北部ランプーンの寺院ワット・チャーム・ティーウィー

この寺院は、ランプーンの中心から少し離れているが、サムロー人力車がどうしても案内したいと連れて行ってくれた。大きな寺院ではないが、北タイ最初の王国ハリプンチャイの初代女王チャーム・ティーウィーのお遺灰を祀るために建てられたという仏塔があった。

この寺院に詣でず、ハリプンチャイを語ることなかれ、と思うようになった。

どこへ行ってもサムローに案内してもらう

仏塔ククット(Chedi Kukut)

寺院の名の由来になっているランプーンのかつての王国ハリプンチャイの女王「チャーム・ティーウィー」のお遺灰が収められた5段の階層ピラミッド形の仏塔である。

この仏塔は、11~12世紀に建てられたものと推定されていて、スリランカの古代都市ポロンナルワにあるサトゥマハル・ブラサーダの仏塔の様式と同じで、その後の正方形の土台を持つ仏塔のモデルになっている。

今の状態は、サワティシット王が13世紀に修復したものと考えられている。

底辺一辺15.35m、高さ21m、各段の一面には仏像3体が安置され、全部で60体の仏像が祀られている。仏像は、ドヴァラヴァティ様式

仏塔ラタナ(Ratana Chedi)

もうひとつが八角形の形をした仏塔ラタナで、11~12世紀のハリプンチャイ王国の黄金期に建てられたものと推測されている。

直径4.4m、高さ11.5mで、一段目には立仏像、上には瞑想している仏像を祀り、それらはタイ中央のドヴァラヴァティの影響を受けたハリプンチャイ様式の仏像と言われている。

「仏塔ラタナ」と「仏塔ククット」

ハリプンチャイ国立博物館」もご覧いただければ嬉しいです。

チェンマイから近いので、また行ってみようと思っています。

Wat Cham Thewi, Lamphun, Thailand

クアラルンプールぶらり旅

クアラルンプールといえば学生の頃インドネシアの調査から戻り、安宿を探したがその日がたまたまメーデーで部屋が全く空いてなくて、キスリングから買い換えたばかりのサムソナイトのスーツケースの上でうとうとしながら街中で夜を明かしたことを思い出す。

その後も家族とバンコクから列車でマレー半島を縦断した時にも途中下車した街である。ところが今はもう大都会になっていた。

絵になる旧クアラルンプール駅

マレー鉄道の本社ビル

昔はホームが低く簡単にホーム間を行き来できたが、今は高くなっている

ペトロナスツインタワー 1998年に完成した高さ452mの88階建て超高層ビル

クアラルンプールタワー通称「KLタワー」1996年に完成した高さ421mの通信タワー、ペトロナスツインタワーより高い位置に展望台があるため、クアラルンプールで一番眺めの良いスポットである。窓ガラスが無く直接景色を眺められる「スカイデッキ」からの眺めは最高、ツインタワーが見える

まるで空高く浮いているような恐怖感さえ感じる全面ガラス張りの「スカイボックス」

ランチは「リトル・インディア」インド人街へ

インド人スタッフに勧められたカレープレート、カレーは飲み物

夜はマレーの民族ダンスを見ながら「マレー料理」

マレー料理の定番「サテー」

マレー料理3品

ツインタワーの下にある小籠包専門店でビールと美味しい小籠包

「トリュフと鶏肉の小籠包」と「カニと鶏肉の小籠包」いずれも熱い肉汁のうま味が口の中に広がった。こんな美味しい小籠包は初めて。この店は、台北で行列ができていて、入れなかった店、有名店らしい

麺料理も美味しい

チャーハンも一味違った

動物たちとも触れ合うことができた。でかいイグアナ、なでなでしてもじっとしている

動物どうしも仲良し

アルパカもいた

クアラルンプール滞在中、この他モスクや博物館などいろいろ行ったが、KLタワーの展望台にある全面ガラス張りの「スカイボックス」が一番印象に残った。真下をなかなか直視することができず、正直足がすくんだ。

Petronas Twin Towers, Kuala Lumpur Tower, Kuala Lumpur Train Station

タイ東北部ナコンパノムの綺麗な寺院ワット・プラタート・プラシット

タイ東北部ナコンパノムの市街地から100kmほど西へ行ったところに、とても綺麗な「ワット・プラタート・プラシット」という寺院があった。イサーン風というかラオス様式の寺院である。タイ東北部の多くの仏塔は細く丸みを帯びていない。

綺麗なワット・プラタート・プラシット寺院

上からも仏様が見ている

田舎は空気が澄んでいる

火曜日の仏陀は涅槃像。タイ人は自分の生まれた曜日を知っていて、その仏陀にお参りをする。僕は金曜日、瞑想する立像の前でお参りをした。

ナコンパノムで宿泊したホテルThe River Hotelのドライバーさんに案内してもらいました。

「Wat Phra That Prasit」 2 Na Wa, Na Wa District, Nakhon Phanom, Thailand

Open daily, 6:00~22:00

ドイステープの中腹にある古いお寺「ワット・パーラート」チェンマイ

チェンマイ市街の西側に横たわるドイステープ山の中腹に、古い静かなお寺「ワット・パーラート」が佇む。緑に囲まれ、聞こえるのは小鳥のさえずりと小川のせせらぎだけ。僧侶とすれ違うと、なんだか心が洗われた気持ちになる。参拝に来るのは地元の人で、観光客は少ない。このお寺はクーナー王によって14世紀に建立された仏教寺院であるが、ランナー様式とビルマ様式が混在しているように感じる。お堂では若いタイ人女性がお参りしていた。

ここを訪れたのは2018年2月で、現在はタイ王国文化省によって修復工事が進んでいるようである。

お寺の入口は、上半身が天使で下半身が獅子の守護神によって護られている

本堂の奥にはビルマ様式の古い仏塔がある

仏塔にはご本尊が祀られている

境内は山の森の中にあるので起伏に富んでいる

本堂を護る守護神は、上半身が天使で下半身が龍神

白亜の仏像にお参りする若いタイ人女性

古い境内に新しい建物もある

一番心に残った崖の下の古い坐像、現在はネット情報によると白亜の祠で覆われている

険しい古い参道

チェンマイには有名な寺院がいくつもあるが、このような寂れた古い小さなお寺も趣があって心癒される。

ワット・パーラート寺への行き方は、ドイステープ寺院行の乗り合いソンテウに乗り、中腹のワット・パーラートで降ろしてもらう。帰りはドイステープ寺院からチェンマイ市内へ下るソンテウを止めて乗せてもらうとよい。

Wat Pha Lat, Doi Suthep, Chiang Mai, Open daily, 6:00~18:00

古代文明に迫るバーンチェン遺跡博物館

太古にバーンチェン周辺に居住していた古代人たちは、どのような暮らしをしていたのだろう。バーンチェン遺跡から発掘された出土品を見ると、彼らの生活の一端が垣間見えてくる。青銅や鉄、石、動物の骨などで道具を作っていた。

出土品を基にしてバーンチェン遺跡博物館では、古代バーンチェン人の生活の復元を試みている。

「銅鐸」東南アジアにも銅鐸文化があったのには驚き、渦巻き状の模様が施されている

装身具と思われる

これらにも渦巻き模様がある

装身具と思われるが、8個の渦巻き模様の鈴が付いている

斧・鏃および制作時に使った鋳型

斧(包丁)と鋳型

青銅製の斧

鉄製の道具

鏃と装身具(?)

装身具と思われる

鉄製の道具類と装身具

腕輪、鈴付き腕輪

装身具類と狩猟採集に使った道具

精巧にできた金属製の器

石器類

石で作った腕輪の破片

狩猟採集のときに使ったと思われる土玉

動物の骨で作った釣り針、道具類

骨製の道具類

動物の骨で作った道具類

熱で溶かした金属を鋳型に入れているところのジオラマ

鋳造のときに使った道具

熱で溶かした金属を鋳型に入れているところのジオラマ

熱した金属を叩いて伸ばしているところのジオラマ、古代に金鋏は不自然

糸を生成しているところのジオラマ

糸を生成するときに使う道具

土器を作っている様子を示すジオラマ

土器を作るときに使う道具

土器に染め付けしているところのジオラマ

布を作っているところのジオラマ

土器などにパターン模様をつけるときに使うローラー

発掘された人骨

発掘された人骨の下あご

発掘された人骨の上あご

現在のタイ領内に紀元前3000~2000年頃、このような文化をもった人類が存在していたことにたいへん興味をもった。今のタイ人は中国方面から南下してきたと言われているが、このバーンチェン人たちはどこから来たのだろう…

この投稿は、ウドンタニ郊外にある古代文明「バーンチェン遺跡」 の続きです。

Ban Chiang Archaeological Museum, Ban Chiang, NE Thailand

ウドンタニ郊外にある古代文明「バーンチェン遺跡」

バーンチェン遺跡は1966年に発見され、赤い独特な幾何学模様が描かれた土器として知られるようになり、1967年から、アメリカとタイによって本格的な調査が行われ、1992年に世界文化遺産に登録された。

土器の他、青銅製物、人骨および動物の骨などが発掘されており、東南アジアにおいて極めて重要な有史以前の人類の営みがここに存在していた証拠になっている。

最近の研究では、この文明はこの辺りに紀元前3000~2000年ごろに存在していたと考えられている。

発掘された土器をはじめとする出土品は、「バーンチェン遺跡博物館」に保存されている。今回は、バーンチェン土器について紹介したい。

バーンチェン遺跡博物館

土器表面の拡大

発掘現場の断面の模式図

博物館内に発掘現場が再現されている

博物館から約1km離れた所にある「ワットポーシーナイ寺院」の境内にある発掘現場

ここは発掘現場の中で最も重要な発掘現場で、1981年から公開されるようになったという

遺体は土器と一緒に埋葬されていた

国立バーンチェン遺跡博物館

プーミポン前国王がこの地に博物館を設置することを指示したことにより、1975年に設立された

入場料は150バーツ、タイ人30バーツ、遺跡発掘跡地入場料も含む。月曜日・火曜日は休館

土器の染付に使われている赤い塗料は、メコン川沿いを中心にタイ東北部に点在する古代人が描いた壁画の塗料にどこか共通しているように思う。このブログの「先史時代の壁画」をご覧あれ。

バーンチェン遺跡博物館は、ウドンタニ市街地から東へ約50キロ離れたところにあり、行き方は戻りの足のことを考慮しウドンタニでソンテウをチャーターし往復交渉した方がよい。

Ban Chiang Archaeological Museum, Ban Chiang, NE Thailand

チェンマイの「蝶Bar」と「蝶Café」

タイ北部は蝶をはじめとする昆虫の宝庫である。僕も1980年から機会あるごとにチェンマイで昆虫を追っかけてきた。そして今はチェンマイにコンドミニアムを借りて悠々自適に暮らしているが、そのチェンマイライフがコロナで途切れている。

コンドミニアムから歩いて5分程のところに蝶づくしの「蝶Bar」と「蝶Café」がある。ジムで体を動かし、屋台で晩ご飯を食べ、そして「蝶Bar」で暫し寛ぐ。どっかの国のマナーの悪い客はいない。ホッとするひと時である。

蝶づくしの「蝶Bar」

天井も高く開放感のある雰囲気のいいBarである。カウンター下には蝶々がいっぱい。スコッチのボトルをキープしているので水割りをつくってもらう。グラスも素敵だ。そしてタイ語会話のレッスンが始まる(笑)

いまにも蝶が舞いそうな「蝶Café」

イスにもテーブルにも蝶がとまっている

しかしこの外のテーブルは使わず、エアコンの入ったビル内で北タイ産の美味しいコーヒーを飲む

チェンマイには老後を楽しんでいる日本人も多いが、僕は言葉の障壁を乗り越えてでもタイ人100%の中で暮らしたい。

第二次世界大戦中タイ南部に侵入した日本軍の足跡

(1)ナコーンシータマラートにある慰霊碑

第二次世界大戦中、日本軍は大東亜共栄圏構想によりナコーンシータマラートにも上陸した。部隊の目的はイギリス植民地のマレー進攻であったが、ナコーンシータマラートにおいてもタイ国軍との戦闘が発生した。これにはタイ側の情報伝達の遅れにも起因したという。日本軍としてはタイ南部はマレー進攻のための通過地、 駐屯地としての認識が強かった。

昭和16年12月8日未明、タイ側からすれば突如侵入してきた日本軍と戦闘状態になったが、結局、日タイ間で軍隊通過協定が8日正午ごろ成立し、それで戦闘は終結した。

その後、日本とタイの交渉は急速に進み、12月21日に日タイ同盟条約が正式調印され、それに基づく日タイ共同作戦に関する協定が翌17年1月3日に成立している。
さらにタイは1月25日、米英に対して宣戦布告し、枢軸国側の一員となった。

昭和16年12月8日未明、突如侵入してきた日本軍と果敢に交戦したタイ国軍兵士の銅像

モニュメントの説明

慰霊碑には、タイ人の犠牲者の名前が刻まれており、若い人や軍人がお参りしていた。僕が頭を下げながら日本語で「ごめんなさい」とつぶやいたら、微笑んでくれました

(2)カンタンにある日本軍が掘ったトンネル

インド洋側のタイ国鉄の終着駅カンタンから少し離れた小高い丘に、第二次世界大戦中に日本軍が掘って使用していたトンネルがある。訪問した日はちょうど地元の小学生が見学に来ていて、先生が説明をし、児童たちに「2482~2488年」を何度も複唱させていた。タイ仏歴2482~2488年は、1939~1945年にあたる。

地元の小学生が大戦中に日本軍が掘ったトンネルを見学に来ていた

トンネルの入り口には銃を持った日本兵の像があり、タイ語で「日本軍のトンネル」と記されている

トンネルの内部は特に何があるわけでもない

トンネルを出ると視界が広がり、遠くにトラン川が見える

トンネルの外には日本軍が使用した大砲もある

タイの地方を旅していると、日本とタイの繋がりを考えさせられることがある。今回は、第二次世界大戦中の日本とタイ南部の関係を考えさせられた。

若い頃は昆虫の分布や分類を通してタイを見てきたが、歳を重ねるごとに視野が広がってきた。

タイ南部の影絵芝居ナンタルン博物館

ナコーンシータマラートを中心にしたタイ南部に「ナンタルン」と呼ばれる影絵芝居がある。これはインドネシアから入ってきたといわれ、タイ南部の伝統芸能となり古くから庶民の間で親しまれてきた。現在でもお寺のお祭りやお祝い事などがあると見ることができるが、その文化もしだいに薄れてきているという。

この影絵芝居ナンタルンで使われる人形は、なめした牛や水牛の皮などに細かい透かし彫りを施し、色を入れ、光を投影した時にその美しさがスクリーンに映し出される。

「スチャート・サプシン影絵博物館」の設立者スチャート・サプシン氏は、ナンタルン芸能でタイ王国国家芸術家として2006年に認定され、ナンタルン芸能の保存と継承に努めてきた。ナコーンシータマラートの郊外にある彼の住宅は、文化遺産を保存する施設になっている。

「スチャート・サプシン影絵博物館」 の入口

「影絵芝居」スクリーンの裏から影絵人形に光を投影し物語が展開される

50~100年前の影絵人形

左:第二次世界大戦中の影絵人形、右:1795年の影絵人形

影絵芝居上映中に演奏される楽器

博物館は2階建てで、2階が主な展示室になっている

インドやインドネシア、中国、トルコなど国々の影絵人形も展示されている

第二次世界大戦中および1947年の影絵人形

影絵人形すべてに名前がある

工房では職人さんが微細なノミとトンカチで細かい穴を空け影絵ゾウを制作していた

よく見るとデザインの下書きが施され、周囲は油を付けた小刀でカットするという

色もスクリーンに綺麗に出るように細い竹で作った筆を使い、特製の絵の具で染め付けるところも見せてくれた。彼女が精魂込めて作った影絵人形

博物館にはショップもあり、影絵人形のTシャツを3枚買った(笑)

影絵博物館訪問より前に、タイ南部をローカル列車で旅していたとき、列車内におじさんが影絵芝居に出てくる登場人物のキーホルダーを売りに回ってきた。ふつうはおばちゃんがご飯や飲み物、果物を売りに回って来るが、そのおじさんは影絵キーホルダーだけを携えていた。1つ10バーツ(33円)全種類買った(笑) 2015年夏

「スチャート・サプシン影絵博物館」 へは、ナコーンシータマラート駅近くからソンテウで送ってもらった。

博物館で説明を聞いていると、インドネシアで見たワヤンを思い出すと同時に、子供の頃いつも楽しみにしていた自転車で来る紙芝居をふと思い出した。 2019/10/19

Shadow play, Nakhon Sri Thammarat, S Thailand

チェンマイ大学の学食のぶっかけランチ

チェンマイ大学の広大なキャンパスには、各学部ごとに安くて美味しい学食がある。ひと皿25~35バーツ、約100円で昼ご飯が食べられる。

農学部の学食

12時を過ぎると学生たちが押し寄せてくるので、その前にランチ

メインは毎日替わるぶっかけ飯

サイドメニューもいろいろある

麺類もいろいろあり、日によっては鶏肉カオソーイ(25B)もある

3品にカイダーオをのせてもらって35B(110円) 鶏肉とジャガイモはマッサマン

それぞれに料理名があるが指差しで十分通じる30B(100円)

トーマンプラー2個つけて35B(110円) パクチースープはセルフサービスで無料

2品にカイダーオをのせて30B(100円)

経済学部の学食

食べたいランチのブースに並ぶ

昼時は学生でいっぱいになる

これで35B(110円)、国立大学は国から補助が出ているので安い

人文学部の学食

文系学部は学生数が多いので厨房の人はたいへん

南タイのイカ・カレーって感じ、カイダーオのせても25B(80円)

教職員食堂のぶっかけランチ

インゲンやキクラゲやナスの料理をのせてもらって35B(110円)、生キュウリ、生シカクマメはセルフサービスで無料。生でシカクマメを食べると、口の中がスッキリする

いつもぶっかけ3品+カイダーオだけど、この時の1品は別小鉢 35B(110円) マナオや生野菜はセルフで好きなだけ

付け合わせの野菜はフリー、高菜があるのが嬉しい 30B(100円)

教職員食堂にはタイの伝統的なお菓子のデザートがあり、女性教員が美味しそうに食べていたので僕も(^ム^) 8個選び40Bだったので1個5Bかな(17円)。一方学食の方にはアイスをはじめ多種多様なデザートが販売されている

毎回飲み物は7Bのペットボトルの冷えた水を飲んでいるので、ぶっかけランチ代が35B+水代が7Bで42B(140円)

キャンパス内には学食の他にエアコンの入った小奇麗なカフェも点在するが、街中の料金とほぼ同じである。また、アイスコーヒーやタイ茶などが安く気軽に飲めるオープンカフェもある。

来週は新型コロナワクチン接種の1回目を受ける。2回目は来月で、晩秋にはチェンマイに戻りたい!