銀の寺「ワット・シースパン」チェンマイ

チェンマイのお堀の南側ウワライ通りにある銀の寺「ワット・シースパン」は、1500年にランナー王朝11代目、ムアンゲーオ王とシリヤワディ王太后によって建立された。

この寺院は何と言っても銀細工職人が長い歳月をかけて完成させた世界初となる銀のお堂が圧巻である。神秘的な輝きを放っている。お堂内部も銀ずくめ。

世界初の銀のお堂は圧巻である

銀のガネーシャもいる

お堂内部の銀細工は筆舌に尽くしがたい

お堂内に安置されている御本尊プラチャオチェットトゥー仏

ちょっと微笑んでしまった大きな1000バーツ銀細工

お堂内部の素晴らしい銀細工

お堂の外壁にも微細な銀細工が施されている

お堂の裏側の精巧な銀細工、意味があるんだろうな…

銀の板を打っている作業現場、「銀の寺」は今なお進行形である

チェンマイ門を背に斜め右に見える「ウワライ通り」を600mほど直進すると、右手に銀の寺「ワット・シースパン」の入り口が見える。

ウワライ通りでは毎週土曜日にサタデーマーケットが開催されているので、土曜日であれば銀の寺に参拝後はサタデーマーケットで買い物ができるし、変わった食べ物も売っている。2018/9/17

願い事を叶えてくれる「ドイカム寺院」チェンマイ

チェンマイ市街地から南西に15kmほど離れた山の上に建つお寺「ワット・プラタート・ドイカム寺院」

チェンマイ観光で行きたいお寺はと聞くと、外国人観光客の1位は「ドイステープ寺院」なのに対して、タイ人観光客の1位は「ドイカム寺院」という。ドイカム寺院の参拝客はタイ人ばかりである。

ドイカム寺院は1300年以上前、チャーマテーウィー女王の時代に建立されたといわれている。

タイ人観光客の一番のお目当ては、寺院内にある拝むと幸運が訪れる、願いごとが叶うという幸運仏像「ルアン・ポータンジャイ」である。

まず目を引くのが巨大大仏、奈良の大仏とほぼ同じ大きさ

巨大大仏の前で拝む信仰心が厚いタイ人たち

願い事を叶える仏像「ルアン・ポータンジャイ」の前は参拝客で混雑

ポータンジャイ仏の前でジャスミンの花輪をお供えし、叶えて欲しいことを願いをこめて祈り、と同時に願いが叶ったら差し上げるものを約束する。差し上げるものは何でもよいが、ジャスミンの花輪50本以上とか。ここはとにかくジャスミンの香りが漂っている

ハリプンチャイ王国の女王チャーマテーウィー像と戦の時に乗っていた魔力を持つ2頭の象

仏塔は寺院建立前の687年にチャーマテーウィー女王によって建立され、釈迦の頭髪が納められているという

奥へ進むと涅槃像、ここからチェンマイの街が一望できる

仏様がチェンマイの街を見守ってくれている

仏塔を2匹の鬼が護っている

徒歩で来る人はこのナーガが護る階段を登る

参拝客が立て続けに高額宝くじに当選したことから、ドイカム寺院の「ルアン・ポータンジャイ仏」は幸運を呼ぶと国内で有名になったという。

小高い山の上にあるドイカム寺院への交通手段として、乗り合いのソンテウやGrabタクシーがあるが、僕はチェンマイ市街地で流しの赤ソンテウと交渉し往復してもらった。2019/1/26

ひょうたん型をしたワット・クータオ

チェンマイ旧市街の北に位置するユニークな仏教寺院で、1579年~1607年にチェンマイを統治していたビルマ王プレーンノーンの墓として1613年に建立されたといわれている。お椀を重ねたような独特なひょうたん型をしたビルマ様式。これは仏陀が最初に教化したとされる「5人の修行僧の托鉢の鉢」を表しているという。

ひょうたん型をしたユニークな仏塔 各層に仏像が安置されているのが見える

ランナー様式の屋根をもつ本堂 外壁に施された造形も見もの

本堂へ続く階段には、インド神話に起源をもつ蛇の精霊ナーガが出迎える

ちょっとユーモラスな仏像が鎮座する

もう一つの仏塔

「ワット・クータオ」ひょうたん寺院

ワット・クータオ寺院は、旧市街北門チャーンプアック門を出て真っすぐ北へ。住宅街の中にある静かな寺院。境内はそんなに広くはない。2019/1/29

観光客はあまり来ないが、以前サムロー人力車で両親を案内したことがある。

チェンマイ最大の廃墟寺院ワット・チェディルアン

チェンマイの旧市街のほぼ真ん中に建つ巨大な廃墟寺院「ワット・チェディルアン」

寺院が建てられたのは14世紀後半で、ランナー王朝の第7代目の王が、亡くなった父親を偲んで建立したと伝えられている。この巨大仏塔は、仏教で神聖な動物とされるゾウが仏塔を支えている。

仏塔は高さ約86mの高さを誇っていたが、16世紀の大地震で半壊したが、崩れながらも空高くそびえる仏塔は胸に迫るものがある。

本堂の奥にあるご本尊。ランナー王朝の都が置かれたチェンマイは、「ランナー文化」と呼ばれるタイ北部独自の文化・伝統を生み出したが、この仏像にもランナー様式を見ることができる。ランナー様式の仏像は、丸みを帯びた柔和なお顔が特徴である。

巨大な黄金の仏像はとても神々しく、たいへん神秘的な気配に満ちている。金色は人々を喜ばせる色で、輝きは迷いを除き、願をかなえるためのもの。タイ北部で独自の文化をはぐくむチェンマイには美しいお顔の仏像が多い。

地震で崩壊した大仏塔は1990年代に修復が行われ、現在の姿になった。大仏塔が完全に復元されていないのは昔の記録がないためである。イメージで完璧に元通りになった姿を見るよりも、過去の栄華を想像して楽しむ方がいい。2020/2/14

ジャックフルーツとヒゲナガゾウムシ

陽射しが強いチェンマイ・フアイケオ通りを歩いていたら、まだ大きく発達していない未成熟のジャックフルーツの菌に侵されている実だけに小さなヒゲナガゾウムシ (Anthribidae, Araecerus sp.) が集まっていた。

その一週間後も同じフアイケオ通りの菌に侵されたジャックフルーツにヒゲナガゾウムシがいた。

前日の大雨をどこで凌いでいたんだろう…

雄と雌の出会いから、交尾前行動 (Pre-mating behavior) を観察したが、極めてシンプルだった。
Huay Kaew Rd, Chiang Mai, 2019/11/1 & 8

未成熟のジャックフルーツの菌に侵された実にヒゲナガゾウムシ

ヒゲナガゾウムシの仲間 Araecerus sp.

オスとメス

一週間後もいた

菌を食べている

往来の激しいフアイケオ通り沿いにも自然の営みがある

交尾前行動を観察したが、とてもシンプルだった

ヒゲナガゾウムシの採集調査でチェンマイを初めて訪れたは1980年の5月だった。あれから40年の歳月が流れている。

チェンマイ・ターペー門でカウントダウンのコムローイ上げ

毎年大晦日から新年に向けてチェンマイ・ターペー門周辺では、外国人観光客を中心に恒例になったカウントダウンのコムローイ上げをおこなう。

大晦日の21時前頃からコムローイを上げだし、カウントダウンの時が最高潮になる。

コムローイを売り歩く人たちや作る人たちは忙しそうだ。
中には乳飲み子をおぶった売り子さんも見かけた。
コムローイ1つ50バーツ

練習用に2~3個上げ、本番に備える?
うまく上げるコツは、コムローイの中に熱気が上から手元までパンパンになるまで我慢し、そっと放すことである。

ターペー門前広場で恒例のカウントダウンのコムローイ上げ

上空で火が絶えて落ちてくるので火事にはならないという

スタバの2階3階から写真やビデオ回す人々も

ソンテウはコムローイ工場に早変わり

こっちは家族でコムローイ作り

「コムローイいりませんか・・」

お堀端でコムローイを鑑賞する人、コムローイを売り歩く人、道路は渋滞

外国人観光客にとって場所がホテルから近いし、入場料などもいらないので心から楽しめる。

しかし、その規模が年々膨らむにしたがい、チェンマイ空港発着の航空機との兼ね合いで近年規制が厳しくなり、早い時間帯からコムローイを上げ警察に指導される話を耳にする。2019/1/1

Countdown, Tha Phae Gate, Chiang Mai, N Thailand

アユタヤ王朝の貨幣

アユタヤ王朝(1350-1767)は,ビルマに滅ぼされるまで417年間にわたり33代の王が君臨した王朝である。創始者はラーマーティボーディー1世(ウートーン王)。スコータイ王朝からの流れは,スコータイがアユタヤに朝貢する形となり,その後100年かかってアユタヤ王朝がスコータイ王朝を併合し,スコータイ王朝は消滅した。
15世紀には,マラッカなどのマレー半島部でイスラム教に改宗する動きが起こり,さらには独立を宣言するようになったため、アユタヤ王朝はマレー半島南部を失った。
弾丸コイン(Bullet coins)の製造は,アユタヤ王朝では王のみの特権であった。刻印は,法輪やホラ貝,ガルーダ,象,蓮,花,兎,アンコール,錨など,50種類以上ある。貨幣価値は大きさにより,baht,2 salung,salung,fueng,2 pai,pai。低い通貨として,タカラ貝が使用されていた。
上面には王朝印(いくつものタイプある)が,前面には王印が打刻されている。

Ramathibodi Ⅱ(1491-1529)時代の弾丸コイン  ハスのつぼみの印刻(上)、仏教徒の法輪(下) 銀 14.58 g

Ramathibodi Ⅱ(1491-1529)時代の弾丸コイン  ハスのつぼみの印刻(上)、 仏教徒の法輪(下) 銀 14.62 g

ナライ大王(1656-1688)時代の弾丸コイン ハスのつぼみの印刻(上)、 仏教徒の法輪(下) 銀 14.71 g  1992年,タマサート大学近くの露天商で入手。 店主曰く,イボのような物(上)がついているのがアユタヤの特徴

ナライ大王(1656-1688)時代の弾丸コイン ハスのつぼみの印刻(上)、 仏教徒の法輪(下) 銀 14.68 g  同じくタマサート大学近くの露天商で入手。 当時はまだ良質のコインを見つけることができた 

銀 14.68 g

銀 14.68 g

銀 14.68 g

タイ東北部ロイエットの地獄寺

タイ各地に「地獄寺」が点在するが、タイ東北部のロイエットにはワット・パノンサワン寺院の中に規模の大きな地獄寺がある。コンクリート像を用いて立体的に「地獄の世界」が表現されている。

そもそもタイでは地獄の思想は仏教に基づいていて、地獄思想を形成したとされる経典『三界経』の中に「悪いことをすると地獄へ堕ちる」ということが細かく説かれている。

それで僧侶は「悪いことをするとこんな地獄へ堕ちます、だから地獄に堕ちないように善い行いをしましょう」と人々に分かりやすく教えているのである。

お腹をノコギリで切断される

お腹を前後から圧迫される

鳥に食べさせられる

舌の裏から突き刺される

逆さづりの苦しみの後ヤリで刺される

釜ゆでにされる

僧侶が地獄を説く

夜、肝だめしができそう…((+_+))

田園地帯の中にあるロイエットのワット・パノンサワン寺院「地獄寺」、市街地からトゥクトゥクで小一時間かかった。

Wat Panonsawan, Roi Et, NE Thailand

チェンマイの巨大なフードコート

チェンマイ大学正門前の通りを一歩路地裏に入ると巨大なフードコートがある。

和食もあるけどちょっと高めかな
未知なる「天ぷらカレー」を食べた
カレーはこの他、カツカレー、チキンカツカレー、海老カツカレーがあり、どれもルー多めで味噌汁付き
冷たいお茶はありがたいけど甘い(笑)

巨大なフードコート

日本食もある メニューは日本語

驚きの「天ぷらカレー」75バーツ

チェンマイ大学には学部ごとにたくさんの安い学食があるけど、夕方以降になるとこっちの屋台村へ。2020/1/18

ハリプンチャイ国立博物館

主展示ホールの展示品は、「ハリプンチャイ美術」と「ランナー美術」に大別される。ハリプンチャイ美術については、11世紀中頃~12世紀中頃以前と12世紀中頃~13世紀末の時代に更に分ける事ができる。11世紀中頃~12世紀中頃以前のものについては、東北インドのパーラ帝国の影響を受けたものや、タワラワディーの影響を受けたものであり、特にパーラの影響が見られるものは、後期大乗仏教の伝播との関連で注目される。12世紀中頃~13世紀末の時代の彫刻、塑像などには、後期タワラワディーの影響を受けたつながった太い眉、下を向きつりあがった目、少し開いた口などの特徴が見られる。ハリプンチャイ美術は、骨壺や水注などの焼き物にも見られる。

 ハリプンチャイ王国の建国の時期については、チャームテーウィー女王が7世紀(663年)に即位したと言う伝承もあるが、はっきりしていない。ハリプンチャイ王国は13世紀末、メンラーイを始祖とするランナー王国に滅ぼされ、以後その支配下に入るが、もう一つの展示グループのランナー美術としては、このハリプンチャイ滅亡以降から現代美術までを対象として展示がなされている。

タワラワディー様式(9~11世紀) 1975年にランプーンのワット・トンケオ寺院で発見された

仏の頭部

ハリプンチャイ様式(後期タワラワディー・10~11世紀)ランプーンのワット・プラタート・ハリプンチャイ寺院から移動された

写真を撮ってもいいかと係官に尋ねたところ、フラッシュをたかなければよい、と。

ゆっくり見学させてもらったが、ハリプンチャイ王国とランナー王国およびその他周辺王国との関係が、時代とともに複雑に絡み合っていることがよく分かった。

博物館の場所は、ランプーンのワット・プラタート・ハリプンチャイ寺院の西隣にある。2017/4/26

Hari Phun Chai National Museum, Lampoon, N Thailand