メーホンソンの山岳少数民族

タイ北西部メーホンソンの山岳地帯には、いくつもの山岳少数民族の人々がひっそりと暮らしている。女性は普段から民族衣装をまとって生活しているが、男性はそうではない。

ラフー族の人々 いつ来るかわからないバスを待っていた

ラフー族の家族 川でとった魚を捌いていた

竹で籠を編むラフー族の女性

ラフ・ニ族 民族衣装に赤色をあしらうのが特徴

ラフ・ラ・パ族 写真をお願いしたら固くなった

何族の家族か所属不明

ヤオ族 民族衣装に地域差がほとんどない

ヤオ族 衣装に襟巻きのような赤い毛の束をつけるのが特徴

カレン族 左が未婚者で右が既婚者 白の貫頭衣は未婚のあかし

カレン族の既婚の女性

山岳少数民族の中でゾウを使えるのはカレン族だけのようである

山道で出会ったアカ族 かぶとのような銀の飾りをつけていた

葉巻を吸うアカ族の女性

アカ族 耳に穴をあけ大きなリングをはめ込む

アカ族

アカ族 耳の穴は少しずつ大きくするという

インドのコインをあしらえた髪飾り

何族の女性か所属不明

民族衣装をまとった男性にはめったに出会わない

何族の方か分からない ヤオ族かも

子供も一日中よくはたらく

写真撮影に協力してくださった方々に深く感謝します。

以前は少数民族によって食べるものが若干異なったり、少数民族間での結婚ができなかったりしていたが、最近では特にチェンマイ周辺では少数民族の国際結婚も珍しくなくなってきている。

Mountain minority, Mae Hong Son, NW Thailand

チェンマイ花祭り

花の都チェンマイの「花祭り」

色とりどりの花が咲き乱れるチェンマイでは、毎年2月に三日間「花祭り」で盛り上がる。
なかでも花で覆われた数十もの山車のパレードは、とても見ごたえがある。ナワラット橋よりスタートし、ターペー門まで進んでいく。

チェンマイは「花の都」とか「北方の薔薇」と呼ばれ、一年を通して綺麗な花がたくさん咲く。そんなチェンマイの花祭りは圧巻である。花で飾られた山車を見ようと観光客がいっぱいやって来る。2018/2/2-4

Flower Festival, Chiang Mai, N Thailand

蝶が蟻のところへ

チェンマイの路地裏を散歩していると、ひらひらと飛んでいるシジミチョウが、急にアリが群れているところを目がけて飛んでいく。

よく見るとストロー状の口を伸ばし、アリが出した何かをなめているように見える。

ストロー状の口を伸ばして何かをなめている

アリは攻撃したり排他的な行動をとらない

アリはシジミチョウの脚にまつわりついたりしない

シジミチョウの口先は直接的にはアリに触れていないように見える

左触角を使って何かをしている

クロシジミとクロオオアリの関係を思い出してしまう。

ムクダハーンの古代壁画

タイ東北部メコン川沿いのムクダハーン郊外の山中の崖に、古代人が描いた壁画があるというので好奇心に任せ見に行った。

街の人はその存在は知っているものの行ったことがないと言う。情報が全くないので、トゥクトゥクの運転手に場所などの情報を収集してもらい、水を買い込み二人で街を出発。

登り口と思われるところでトゥクトゥクを降り、運転手とけもの道を通る場面もあり迷いながら2時間ほどかけてやっとたどり着いた。途中から彼の携帯が通じなくなり不安だった。

1,000年以上前に描かれた壁画らしい。手形も残っていた。

人物像と思われる古代壁画

なぜこんな山中に古代人が壁画を描いたのだろう。手形もある。規模的にはこの崖のみだった。左の方は壊れかけていた

壁画にすぐ会えると思っていたが、大間違いだった

バス・ターミナルでトゥクトゥクの運転手と出会い、3日間いろんなところへ連れてってもらった。古代人の壁画だけでなく、タイーラオス橋の夜景を見に行ったり、昼ご飯や晩ご飯の相手になってくれたりと友人のように付き合ってくれた

最後宿からバス・ターミナルまで送ってくれ、別れ際にお土産までもらった

頂いたお土産を開けたら可愛い小物入れが二つ入っていた。心に深く残る「トゥクトゥク運転手」だった

古代人が描いた壁画は、メコン川流域に点々と残っている。2014年12月下旬

コロナ禍が明け、チェンマイに戻ったらまたメコン川沿いの街を旅したい。

Ancient mural, Mukdahan, NE Thailand

ワット・プラタート・ランパーン・ルアン

北タイで最も美しい寺院と言われているワット・プラタート・ランパーン・ルアンは、ランパーン市街地から南西約20kmに位置する。高さ45mのランナー様式の仏塔があるほか、15世紀半ばに建てられた3層の屋根をもつチーク材を用いた本堂は、現存するタイ最古の木造建築の一つとして知られている。

北タイで最も美しい寺院ワット・プラタート・ランパーン・ルアン

山門を護る神話の森に住む珍獣のお出迎え。レンガ造りの独特なアーチ型門は四方向に築かれている

アーチ型門をくぐると木造建築のお堂がある。これはタイ国内で最も古い木造建築のひとつとして知られている。3層屋根はランナー初期の造形

ランナーとスリランカの建築様式が調和した仏塔には仏舎利が納められている。ここの仏塔は丑年の十二支仏塔

お祈りしながら仏塔の周りを廻る

お祈りをする人

重厚感のある色合いが見事な仏塔

本堂入口の木彫は繊細で素晴らしい

約700年前の仏像が納められている

ワット・プラタート・ランパーン・ルアンの御本尊

後ろから見たところ

布をまとった仏像が圧巻

本堂の壁に描かれている絵、経年劣化を感じる

木彫りの仏教美術

参拝者はタンブンをする

チェンマイからローカル列車でランパーンまで行き、ランパーンの街からバイクタクシーで訪れた。初回は朝もやが漂っていたので、再訪は午後にした。

ランパーンに行ってワット・プラタート・ランパーン・ルアンを参拝しなければ、ランパーンに行ったことにはならない、といわれるほど有名で綺麗なお寺である。

チェンマイのソンクラーン祭り

ソンクラーンとはタイの正月で、太陽が12ヵ月の周期を終え、新たに牡羊座に入る時期を祝うものである。ソンクラーンにはもともと仏像や仏塔に、さらに家族の年長者の手に水をかけてお清めをするという伝統的な風習があり、近年はそれが転じて街中で行きかう人どうしが水をかけあって楽しむ「水かけ祭り」となっている。現在は毎年4月13・14・15日の3日間に行うものとされており、タイの祝日にも定められている。

チェンマイでは「サリー・ピーマイ・ムアン」と呼ばれるソンクラーン。寺院では境内に各自が砂を持参してパゴダづくりを競い合ったり、托鉢の僧侶に食べ物を献上したりする伝統的な仏教儀式が行われる。

市街地ではチェンマイの守護神とされる仏像プラ・プッタシヒンに水をかけようと市民が集まり、また北部地方の伝統舞踊など文化芸術のコーナーも設けられる。とりわけ旧市街地のお堀周辺で行われる「水かけ合戦」には、毎年大勢の観光客が参加して賑わう。

昔はひしゃくで、今は高性能な水鉄砲で容赦なく水をかけ合う

背負いタンク付きの進化した水鉄砲も

チェンマイ名物の傘を持った女性の自転車の行列

行列は続く

武器を持ったお姉さんが担がれている

担がれた台の上でタイ踊り

もちろん美人コンテストも

お堀周辺ではトラックの上からバケツで水をぶちまける人々、お堀の水を汲んで応戦する人々

お堀の水はキレイとは言えないがでも泳ぐ

出番を待つ「水かけ祭り仕様トゥクトゥク」

渋滞や信号待ちのソンテウの中にも容赦なく水をぶちまける

「水かけ祭り」期間中に重大な事故が発生することもある。その非常事態に備え救急隊が待機している

救急隊の待機テントの近くには救急車

仏像に水をかける

暑季で暑いから水をかけ合う的な観光客もいっぱい。長年タイに住んでいる日本人の中には、この時期に日本に一時帰国する人もたくさんいる。たしかに期間中は移動に苦慮する。

水をかけられたら「ありがとう」の気持ち、在住の年配日本人が歩いていて不意に水をかけられ激怒しているシーンを見てしまった。

また飲酒が絡むバイク事故で楽しいはずのお祭りが、一転して取り返しのつかないことになる場合もある。全国的に見ると期間中毎年たくさんの人が交通事故でこの世を去っているのは悲しいことである。2017/4/13-15

Songkran Festival, Chiang Mai, N Thailand

タマリンドの木は大きい

タマリンドは熱帯アフリカ原産の常緑樹で、果実はやや湾曲した肉厚な円筒形のさやで、黄褐色の外皮は薄くてもろい。中の種子との間にはペースト状の黒褐色の果肉がある。この果肉はやわらかくて酸味があり、食用にされている。また、タマリンドソースとして料理に使われている。

タマリンドは大木になる

タマリンドの実は好きで時どき買って食べるが、葉も食べられるという

以前コンビニで「タマリンドのジュース」を見かけたので買って飲んだけど、僕の口には合わなかった。

スコータイ王朝の貨幣

クメールの勢力が弱まってきた3世紀ころ,中国東南部より千年以上の年月をかけて南下を続け,11世紀ころにはタイ各地に都市をつくり始めていたタイ族が,13世紀になり統一国家を形成した。それがスコータイ王朝(1238~1438年)の始まりである。スコータイとは,「幸福の夜明け」を意味する。
第3代王ラームカムヘン(在位1279~1300年)のころ,飛躍的に国力をつけ,領土は現在のラオスから,西はベンガル半島,南は遠くシンガポールあたりまで広がっていたと云われている。タイ文字ができたのもこの頃である。

この貨幣には9種類の刻印がある。 ドヴァーラヴァティーやフーナンの特徴を示す模様も印刻されている。 1994年にチャトゥチャック市場 (バンコク)で手に入れた。 銀, 最大幅 23.4 mm 重さ 34.89 g

正面に王の印刻,その左右には切れ目が入っている。上面は輪に囲まれた象が印刻されている。 1993年にスコータイ市街に住む方に譲ってもらった。 赤い小さな布製の袋に入れ,大切に保存されていた。 銀, 最大幅 16.5 mm 重さ 14.58 g

銀 2.94 g

銀  3.58 g

銀 3.60 g 巻貝の刻印

銀 3.51 g  象の刻印

銀 3.58 g

 銀 1.81 g

銀 1.58 g

タイ南部地方産 1250~1350年代  Mitchiner, 1979, 1998  Mitchiner & Pollard, 1990
象の刻印 銅 最大幅 33.0 mm 重さ 83.68 g

ロッブリーの遺跡群

タイ国鉄ロッブリー駅近くに広がるクメール建築ロッブリー様式の「ワット・プラ・シー・ラタナー・マハタート遺跡群」は、12世紀ごろに構築されたものと考えられている。

その後、時代とともに改修や増築が繰り返されたという。

一番大きいのが中央塔堂(プラーン)、その周りに後から追加された小型の塔堂や仏塔がある

礼拝堂(ヴィハーン)

破壊された石像が無残に集められている

タイ中央を流れるチャオプラヤー川流域にあるこの遺跡群は、現在よりはるかに海に近かったとする説もある。もしそうだとすればアユタヤと同じく港市国家の一つだったのかもしれない。

インドやヨーロッパなどの西方文化と中国大陸など東方文化を結ぶ交易の中継点になっていたのかもしれない。

メコン下流域の扶南やベトナムのチャンパ、マレー半島やスマトラのシュリーヴィジャヤなどとの関係はどうだったのだろう、と考えだすと時代はトンチンカンかもしれないが古代ロマンは勝手に広がっていく。

またタイ料理の起源を考えると、当時どのようなものをどう料理して食べていたのだろう。昆虫類は重要な食材だったに違いない。2018/2/25

チェンマイのコムローイ祭り 2017

チェンマイからのツアーで行く「コムローイ祭り」に参加した。

いくつかのホテルを廻り観光客を乗せ、夕方前にコンドミニアムまで迎えに来てくれた。総勢8名ほどのグループだった。

目指すは会場となるドイサケット寺院。到着後しばらくしたら小さなキャンドルがたくさん灯された寺院で僧侶のお経を聞きながらお祈りをする。

そしてカントーク・ディナーを頂き、伝統的なタイ踊りを見て、コムローイ会場へ

夢が叶った瞬間

願いを込めて静かに手を放すとコムローイは夜空に舞い上がった

火をつけ熱気がパンパンになるまで手を放すのを我慢するのがコツである

華やかなパレードについて行きカントーク・ディナー会場へ

コムローイを上げる前にカントーク料理で腹ごしらえ

ステージでは伝統的なタイ踊りが披露された

離れて見るとコムローイは一定方向に流れているのが分かる

3日と4日実施

初めての体験だったが、夜空に舞うコムローイはとても幻想的だった。

このツアーは、送迎付き、ガイド付き、コムローイ(最大5個まで)付き、カントークディナー付き、お土産付きで2,999バーツ(約1万円)だった。2017/11/3

Kom Roi Festival, Chiang Mai, N Thailand