ジャックフルーツとヒゲナガゾウムシ

陽射しが強いチェンマイ・フアイケオ通りを歩いていたら、まだ大きく発達していない未成熟のジャックフルーツの菌に侵されている実だけに小さなヒゲナガゾウムシ (Anthribidae, Araecerus sp.) が集まっていた。

その一週間後も同じフアイケオ通りの菌に侵されたジャックフルーツにヒゲナガゾウムシがいた。

前日の大雨をどこで凌いでいたんだろう…

雄と雌の出会いから、交尾前行動 (Pre-mating behavior) を観察したが、極めてシンプルだった。
Huay Kaew Rd, Chiang Mai, 2019/11/1 & 8

未成熟のジャックフルーツの菌に侵された実にヒゲナガゾウムシ

ヒゲナガゾウムシの仲間 Araecerus sp.

オスとメス

一週間後もいた

菌を食べている

往来の激しいフアイケオ通り沿いにも自然の営みがある

交尾前行動を観察したが、とてもシンプルだった

ヒゲナガゾウムシの採集調査でチェンマイを初めて訪れたは1980年の5月だった。あれから40年の歳月が流れている。

チェンマイ・ターペー門でカウントダウンのコムローイ上げ

毎年大晦日から新年に向けてチェンマイ・ターペー門周辺では、外国人観光客を中心に恒例になったカウントダウンのコムローイ上げをおこなう。

大晦日の21時前頃からコムローイを上げだし、カウントダウンの時が最高潮になる。

コムローイを売り歩く人たちや作る人たちは忙しそうだ。
中には乳飲み子をおぶった売り子さんも見かけた。
コムローイ1つ50バーツ

練習用に2~3個上げ、本番に備える?
うまく上げるコツは、コムローイの中に熱気が上から手元までパンパンになるまで我慢し、そっと放すことである。

ターペー門前広場で恒例のカウントダウンのコムローイ上げ

上空で火が絶えて落ちてくるので火事にはならないという

スタバの2階3階から写真やビデオ回す人々も

ソンテウはコムローイ工場に早変わり

こっちは家族でコムローイ作り

「コムローイいりませんか・・」

お堀端でコムローイを鑑賞する人、コムローイを売り歩く人、道路は渋滞

外国人観光客にとって場所がホテルから近いし、入場料などもいらないので心から楽しめる。

しかし、その規模が年々膨らむにしたがい、チェンマイ空港発着の航空機との兼ね合いで近年規制が厳しくなり、早い時間帯からコムローイを上げ警察に指導される話を耳にする。2019/1/1

Countdown, Tha Phae Gate, Chiang Mai, N Thailand

アユタヤ王朝の貨幣

アユタヤ王朝(1350-1767)は,ビルマに滅ぼされるまで417年間にわたり33代の王が君臨した王朝である。創始者はラーマーティボーディー1世(ウートーン王)。スコータイ王朝からの流れは,スコータイがアユタヤに朝貢する形となり,その後100年かかってアユタヤ王朝がスコータイ王朝を併合し,スコータイ王朝は消滅した。
15世紀には,マラッカなどのマレー半島部でイスラム教に改宗する動きが起こり,さらには独立を宣言するようになったため、アユタヤ王朝はマレー半島南部を失った。
弾丸コイン(Bullet coins)の製造は,アユタヤ王朝では王のみの特権であった。刻印は,法輪やホラ貝,ガルーダ,象,蓮,花,兎,アンコール,錨など,50種類以上ある。貨幣価値は大きさにより,baht,2 salung,salung,fueng,2 pai,pai。低い通貨として,タカラ貝が使用されていた。
上面には王朝印(いくつものタイプある)が,前面には王印が打刻されている。

Ramathibodi Ⅱ(1491-1529)時代の弾丸コイン  ハスのつぼみの印刻(上)、仏教徒の法輪(下) 銀 14.58 g

Ramathibodi Ⅱ(1491-1529)時代の弾丸コイン  ハスのつぼみの印刻(上)、 仏教徒の法輪(下) 銀 14.62 g

ナライ大王(1656-1688)時代の弾丸コイン ハスのつぼみの印刻(上)、 仏教徒の法輪(下) 銀 14.71 g  1992年,タマサート大学近くの露天商で入手。 店主曰く,イボのような物(上)がついているのがアユタヤの特徴

ナライ大王(1656-1688)時代の弾丸コイン ハスのつぼみの印刻(上)、 仏教徒の法輪(下) 銀 14.68 g  同じくタマサート大学近くの露天商で入手。 当時はまだ良質のコインを見つけることができた 

銀 14.68 g

銀 14.68 g

銀 14.68 g

タイ東北部ロイエットの地獄寺

タイ各地に「地獄寺」が点在するが、タイ東北部のロイエットにはワット・パノンサワン寺院の中に規模の大きな地獄寺がある。コンクリート像を用いて立体的に「地獄の世界」が表現されている。

そもそもタイでは地獄の思想は仏教に基づいていて、地獄思想を形成したとされる経典『三界経』の中に「悪いことをすると地獄へ堕ちる」ということが細かく説かれている。

それで僧侶は「悪いことをするとこんな地獄へ堕ちます、だから地獄に堕ちないように善い行いをしましょう」と人々に分かりやすく教えているのである。

お腹をノコギリで切断される

お腹を前後から圧迫される

鳥に食べさせられる

舌の裏から突き刺される

逆さづりの苦しみの後ヤリで刺される

釜ゆでにされる

僧侶が地獄を説く

夜、肝だめしができそう…((+_+))

田園地帯の中にあるロイエットのワット・パノンサワン寺院「地獄寺」、市街地からトゥクトゥクで小一時間かかった。

Wat Panonsawan, Roi Et, NE Thailand

チェンマイの巨大なフードコート

チェンマイ大学正門前の通りを一歩路地裏に入ると巨大なフードコートがある。

和食もあるけどちょっと高めかな
未知なる「天ぷらカレー」を食べた
カレーはこの他、カツカレー、チキンカツカレー、海老カツカレーがあり、どれもルー多めで味噌汁付き
冷たいお茶はありがたいけど甘い(笑)

巨大なフードコート

日本食もある メニューは日本語

驚きの「天ぷらカレー」75バーツ

チェンマイ大学には学部ごとにたくさんの安い学食があるけど、夕方以降になるとこっちの屋台村へ。2020/1/18

ハリプンチャイ国立博物館

主展示ホールの展示品は、「ハリプンチャイ美術」と「ランナー美術」に大別される。ハリプンチャイ美術については、11世紀中頃~12世紀中頃以前と12世紀中頃~13世紀末の時代に更に分ける事ができる。11世紀中頃~12世紀中頃以前のものについては、東北インドのパーラ帝国の影響を受けたものや、タワラワディーの影響を受けたものであり、特にパーラの影響が見られるものは、後期大乗仏教の伝播との関連で注目される。12世紀中頃~13世紀末の時代の彫刻、塑像などには、後期タワラワディーの影響を受けたつながった太い眉、下を向きつりあがった目、少し開いた口などの特徴が見られる。ハリプンチャイ美術は、骨壺や水注などの焼き物にも見られる。

 ハリプンチャイ王国の建国の時期については、チャームテーウィー女王が7世紀(663年)に即位したと言う伝承もあるが、はっきりしていない。ハリプンチャイ王国は13世紀末、メンラーイを始祖とするランナー王国に滅ぼされ、以後その支配下に入るが、もう一つの展示グループのランナー美術としては、このハリプンチャイ滅亡以降から現代美術までを対象として展示がなされている。

タワラワディー様式(9~11世紀) 1975年にランプーンのワット・トンケオ寺院で発見された

仏の頭部

ハリプンチャイ様式(後期タワラワディー・10~11世紀)ランプーンのワット・プラタート・ハリプンチャイ寺院から移動された

写真を撮ってもいいかと係官に尋ねたところ、フラッシュをたかなければよい、と。

ゆっくり見学させてもらったが、ハリプンチャイ王国とランナー王国およびその他周辺王国との関係が、時代とともに複雑に絡み合っていることがよく分かった。

博物館の場所は、ランプーンのワット・プラタート・ハリプンチャイ寺院の西隣にある。2017/4/26

Hari Phun Chai National Museum, Lampoon, N Thailand

シーサケートのクメール遺跡

タイ東北部イサーンにはクメール遺跡があちこちに点在している。

シーサケートの郊外にある「サカムペーンヤイ遺跡」と「サカムペーンノーイ遺跡」を歩いた。

12世紀頃に建立された神殿跡らしい。

サカムペーンヤイ遺跡

サカムペーンヤイ遺跡

サカムペーンヤイ遺跡

サカムペーンヤイ遺跡 すぐ横に仏教寺院がある

サカムペーンノーイ遺跡 規模は小さい

サカムペーンノーイ遺跡 ここもすぐ横に仏教寺院がある

サカムペーンノーイ遺跡 クメール彫刻がいくつも残っている

サカムペーンノーイ遺跡

クメール遺跡のすぐ横に仏教寺院があるのは興味深い。

シーサケートの市街地から離れているのでトゥクトゥクで案内してもらった。2014/8/28

バンガローでネコが一泊

タイ北部チェンダオを旅した時、3泊バンガローに宿泊した。

ドアの外でネコが鳴くので部屋に入れてあげたら、一泊して早朝出て行った。

このネコちんが僕の部屋で一泊した

バンガローは外にリビングがあり、ゆったりスペース

リビングにはハンモックがあった

ベッドもゆったりタイプ この上でネコが一泊した

ちょっとした移動はレンタル自転車で

このバンガローに3泊した。一泊朝食付きで700バーツだったけどAgodaで予約したのでかなり安く泊れた。2019/2/3~6

「線香花火」と「打ち上げ花火」空心菜炒め作り

同じ空心菜炒めを作るのになんでこんなにも違うの(笑)

タイ南部ナコーンシータマラートで見た火花を散らしながらの空芯菜炒め作り

タイ北部ピッサヌロークで見た空心菜炒め作りはまさに打ち上げ花火 しかもできた空心菜炒めをコンパクトにまとめ、フライパンの遠心力を使って遠く離れたスタッフに向けて夜空高く投げ上げ、それをキャッチ 空飛ぶ空心菜炒め

空心菜炒め作りは「線香花火」

空心菜炒め作りは「打ち上げ花火」

旅はやっぱり屋台飯 作る人とのふれあいも生まれる しかも安くて美味しい

ランパーンの古代壁画

訓練中の軍人が偶然発見したと言い伝えられているランパーンの山にある「プラトゥーパー壁画」

山羊や踊る人が描かれ、大小様々な多数の手形が残っている。

2匹の山羊(牛?)がはっきり分かる

山羊とも牛ともとれる古代壁画

古代人の手形が多数残されている

踊る人、狩りをしている人ともとれる壁画

手形、白抜きの手形もある

これは何を意味するのか想像つかない その下の方にも不明な絵がある

壁画への小道の入口の表示「プラトゥーパー壁画」

メコン川沿いから北部にかけて古代人の壁画が残っているが、赤系の塗料が使われている点においては共通している。

ここへのアプローチは公の交通機関はないので、ランパーンから車をチャーターした。2017/4/19

Ancient mural, Pratu Pha, Lampang, N Thailand