ラオスの古都「ルアンパバーン」

ルアンパバーンはラオスの北部にある古都で、かつてラーンサーン王国(1353年-1975年)の王都として栄えた街である。ラオスを象徴するその街並みは、歴史的・文化的な観点から評価され、街全体が世界遺産に指定されている。

早朝から僧侶一行が裸足で托鉢をして廻る

ルアンパバーンで最も格式の高い「ワット・シェントーン寺院」

優雅に舞うように湾曲した屋根が特徴の「ワット・シェントーン寺院

「ワット・ビスンナラート寺院」仏塔がスイカのような形をしていることから「スイカ寺」ともいう

「ワット・ハウパバーン寺院」王宮の敷地内にあるためか外装は非常に豪華

ラーンサーン王国最後の王の遺灰が埋葬されている「ワット・タート・ルアン寺院」

王室寺院として建てられた「ワット・マイ寺院」ワット=寺院、マイ=新しい

郊外にある「ワット・マノーロム寺院」アーチ門の上にも仏像が見える

ルアンパバーンの目抜き通り、夜はナイト・マーケットと化す

プーシー山の麓にあるラオスらしい尖塔

プーシー山頂からルアンパバーンの街並みとメコン川が一望できる

プーシー山頂にある「タート・チョムシ寺院」

小舟でメコン川の対岸にある「パクウー洞窟」へ

「パクウー洞窟」内には4,000体以上の仏像が安置されているが、こんな不便な切り立った崖の洞窟の中に、何の目的で集めたのだろう…

ルアンパバーンの朝は早い。僧侶一行の托鉢は、宿の前を毎日5時40分ごろ通過していたが、それより前にカオニャオを売り歩く天秤棒の女性たちを見る。地元の人たちは家でカオニャオを用意できない場合は買って托鉢をする。

それにしても世界遺産の中で寝泊まりするって快感だ。(2017年7月2日~9日)

Luang Prabang, Laos

お土産の「イナゴの佃煮」

旅行から帰ってきた妻から「イナゴの佃煮」のお土産

容器には「高原の風味いなご」とラベルが貼ってある

甘辛くてお世辞抜きでとても美味い!

むかし駅裏の路地にあった和風スナックのママさんが、多摩川の河川敷で採ってきたイナゴを佃煮にして出してくれてたのを思い出した。

つい手元にあった『昆虫食先進国ニッポン』を開いてしまった。

アンコール遺跡群カンボジア「バンテアイスレイ」と「クバールスピアン」

「バンテアイスレイ」赤っぽい砂岩で造られた美しい寺院だった。砂岩に施された微細な彫刻はとても優美で、保存状態もきわめて良い。一風変わった遺跡で、しっかり記憶に残る遺跡だ。

「クバールスピアン」車を降りて樹林の中の山道を1,500mほど登ると、そこには川底や川岸に遺跡が見られた。これらは状況からして、山腹に遺跡があり、そこへ二次的に川が流れ込んできたのではないだろうか。

「バンテアイスレイ」クメール美術の至宝といわれている

バンテアイは砦、スレイは女で、「女の砦」を意味する

ヒンドゥー教の寺院「バンテアイスレイ」

女神像は、中央に3基ある祠堂の壁に彫り込まれている。門衛神も含めて1基8体ずつあり、計24体の神像が祠堂群を守っている

水中遺跡「クバールスピアン」乾季は川の水が干上がり川底の彫刻が露出し、雨季には続く雨の増水で水中の彫刻が見えない。格子状に配されたヨニ

「1000本リンガ」と、神ヴィシュヌがヘビの神アナンタの上に横たわってくつろぎ、彼の足元には女神ラクシュミー女神が、またハスの花びらの上に神ブラフマーがいる彫刻

苔むしたこのレリーフは、何を表現しているのだろう…

シバの妻パールヴァティーとリンガ

伝説によれば、リンガが巨大な火柱の姿で天から地上へ突き刺さった時、ブラフマーが四角形の鞘となって地中にもぐったリンガを包んで大地を守り、シバの法力を表す円柱の部分だけが地上に現れたという。リンガとヨニの組み合わせはすべての創造の源であり、豊穣多産を意味していると言われている

「バンテアイスレイ」は、シェムリアップの街から40kmほど離れたところにある10世紀半ばに造られたヒンドゥー教の寺院遺跡で、「クバールスピアン」は、バンテアイスレイの12km東にあり、クバールスピアン川に沿って存在する。

「バンテアイスレイ」は遺跡保護上の制限があるのでレリーフを細かく撮影するためには望遠レンズがあった方がよく、また「クバールスピアン」は川底や川岸にあるので、訪れる時季を考慮した方がよい。(2017年6月23日~29日)

Banteay Srei and Kbal Spean, Siem Reap, Cambodia

アンコール遺跡群カンボジア「アンコールトム」②

アンコールワットが単体の寺院であるのに対し、アンコールトムは一辺3kmの城壁に囲まれた都城で、その中に王宮や複数の寺院がある。その広さはアンコールワットの約4倍もある。ちなみに「トム」はクメール語で「大きい」という意味。

外部とは南大門、北大門、西大門、死者の門、勝利の門の5つの城門でつながっている。各城門は塔になっていて、東西南北の四面に観世音菩薩の彫刻が施されている。

「勝利の門」兵士が隣国との戦いに勝って帰って来るときに、この門をくぐったと言われている

いたるところにレリーフが施されている

遺跡というか廃墟というかそのまんま、手を加えないところがいい!

レリーフはどれも繊細なつくりで立体的で美しい

アンコールトムの歴史を感じる

壁面に残されているクメール美術の数々は、世界の遺産だ

ここに住むアンコールの人々は、何を考えて生きていたのだろう

世界遺産の中で遊ぶ少女

アンコールトムは五つの門で外部とつながっている。勝利の門以外はバイヨン寺院へとつながり、勝利の門のみ、まっすぐ進むと王宮跡にたどり着く

アンコールトムはアンコールワットの約4倍の広さ

尾状突起が2本あるシジミチョウ、栄養補給中

東南アジアではどういうわけか猫と牛車に好かれる(笑)

ランチタイム、トロピカル・ジュースを飲む

カンボジア料理 パイナップルと牛肉を炒めた料理は珍味だった

新鮮な生ハーブが嬉しい

タイ東北部に点在するクメール遺跡とはスケールが全く違う。さすが本家本元だ。(2017年6月23日~29日)

Angkor Thom, Angkor Wat, Siem Reap, Cambodia

アンコール遺跡群カンボジア「アンコールワット」と「アンコールトム」

「アンコールワット」は、カンボジア北西部に位置する世界遺産のアンコール遺跡の一つであり、その遺跡群を代表する寺院である。ヒンドゥー教寺院として造られたが、16世紀後半に仏教寺院に改修され、現在も上座部仏教寺院となっている。

「アンコールトム」は、周囲12km、幅100mの堀に囲まれた城塞都市跡で、アンコールワットより遅い12世紀末から13世紀に造られた。信仰も仏教に変わり、たくさんの菩薩の顔を刻んだ建築が特徴的である。特にヒンドゥー教から仏教に改宗した頃の名残も見らるバイヨン寺院では、柔らかな笑みをたたえる「四面仏」は素晴らしい。

「アンコールワット」第三回廊まで登ると第二回廊と第一回廊の位置関係が分かる

周りは熱帯林のジャングル

最上階の第三回廊

第三回廊より、第二回廊とその外回りの第一回廊を見る

アンコールワット平面図

アンコールワットの平面図

「アンコールトム」微笑む四面仏

四面仏と記念撮影(笑)

猿たちもたくさん住みついている

「アンコールトム」

「アンコールトム」寺院の方が樹木より古い

遺跡の規模の大きさに驚いた。アンコールトムの四面仏をまじかで見ると感動したが、歩き廻るのが中心になってしまったので、壁に彫られているレリーフなどをじっくり見る余裕がなかったので、次回はレリーフを堪能したい。(2017年6月23日~29日)

Angkor Wat and Angkor Thom, Siem Reap, Cambodia

ミャンマー国鉄列車の旅

ヤンゴン環状線とマンダレーからバガンまで夜行列車に乗った。乗車した感想を一言で言えば、「遅くて揺れる」であるが、車内を売り子が頭に果物をのせて通り南国の旅情をかきたてる。

王宮を思わせる「ヤンゴン駅」

駅のホームは広々としている

ヤンゴン環状線の車内、果物を頭にのせて売り歩く

この車両は日本からの譲渡車両であることが分かった

列車は左右に揺れスピードも遅いので気持ちよく寝れる(笑)

ホームの無い方でも自由に乗り降りできる

北の終着駅「マンダレー駅」

マンダレー駅ホームにはこんな食堂がある。丸いお膳にのっている料理を囲んで食べる。女主人やお客に誘われたけど・・

言葉は通じなくても案外コミュニケーションはとれるもんだ。何を食べても料金は一律のようだ

始発のマンダレー駅、この列車でバガンへ向かう

ヤンゴンまで行く長距離列車には食堂車が連結している

出発前の食堂車を窓越しに写す

食堂車の厨房、炭火の準備が出来ていた。窓越しに写す

こちらは三等車の自由席で座席が硬い

マンダレー駅で予約した二等車、エアコンが付いてないので窓全開、夜風に吹かれながらバガンへ

マンダレーを夕刻出発した夜行列車は、早朝バガンに到着

お隣の国タイだと、ガイヤーンとカオニャオと水を買い込み夜行列車に乗り込み、食堂車ではコーヒーを飲む、この自分流がミャンマーでは難しかった。またいつか乗ってみたい。(2017年7月10日~26日)

Myanmar Railways, Myanmar

落ちそうで落ちない「ゴールデンロック」ミャンマー

チャイティーヨー・パヤー通称「ゴールデンロック」は、ヤンゴンの北東約210kmに位置する標高1,100mのチャイティーヨー山の頂上にある。その頂上をなす巨大な岩盤の上に、高さ約7mの丸い岩がのり、今にも落ちそうな不安定な状態で鎮座しているが、数度の大地震の際にも落ちなかったという。この丸い岩が「ゴールデンロック」。岩にはお参りに来た人々によって金箔が貼られ、黄金に輝いていることから、こう呼ばれるようになった。岩の上にはさらに高さ7mの仏塔が建てられている。
ミャンマーの人々にとっては「一生に一度は行きたい巡礼地」として知られている。

「ゴールデンロック」チャイティーヨー・パヤー 落ちないのは「お釈迦様の髪の毛が入っているから」お釈迦様の霊力で、岩は転がり落ちることはないと信じられている。VTRに撮ると岩が超微妙に動いているのが分かるという。

ゴールデンロックには、女性が触ることは禁止されている。ゴールデンロックに触れて金箔を貼りながらお祈りできるのは男性のみ

山のふもとの街から、政府が運営するトラックの荷台に設けられた座席に乗って、頂上に向かう。満席になり次第出発し、所要時間は約1時間。かなりけわしい坂道を登って行く。この日はあいにく小雨が降っていた

ヤンゴンに戻る途中、運転手と共にミャンマー料理

大地震に何度も遭遇しているし、自然科学では説明のつかないこの現象。岩のすぐ下を歩いたが、信仰心の無い僕は生きた心地がしなかった(笑)(2017年7月12日)

Golden Rock, Kyaiktiyo Pagoda, Myanmar

ミャンマーの古都バゴー

ヤンゴンの北東約70kmに位置するバゴーは、バガンやマンダレーと並ぶミャンマーの古都である。

バゴーには、ミャンマーで最も高い仏塔や、多くの巨大な仏が建立され、ジャングルに埋もれたままになっていた寝仏などがある。

「シュエモードー・パヤー」ヤンゴンのシンボルでもあるシュエダゴン・パヤーの高さ99.4mに対し、シュエモードー・パヤーはそれを上回る114mの高さで、ミャンマーで最も高い仏塔として、古都バゴーの地に堂々とそびえている。

仏塔は多数の小さな尖塔に囲まれている

黄金の仏塔「シュエモードー・パヤー」は、どこからでも見ることができる

「シュエターリャウン寝仏」この巨大な寝仏は、イギリス植民地時代、鉄道敷設のための調査の折、密林の中から偶然発見されたという。全長55m、高さ16m、顔の大きさが6.86mという巨大なものであるが、仏様らしく柔和なお顔をしている。

「チャイプーン・パヤー」高さ30mの柱の4面に巨大な仏像が鎮座している。これはモン族が建立したと言われ、この仏像の建立に携わった4人のモン族女性の内、誰かが結婚したら仏像が壊れると言われていて、一人が結婚したところ本当に一体の仏像が壊れてしまったという伝説が残されているという。4体の仏像はほぼ同じ姿形をしているが、何れも目元パッチリ、鼻筋は通り、唇も真っ赤な口紅が塗られていて、日本では見られない艶やかさである。大きな爪にはネールもして、とてもお洒落な仏様たち

バゴー寺院巡りの途中「バゴー駅」に立ち寄った

駅舎はいたってシンプルで、すぐホームになっている

待合所は、お昼寝の場と化していた (笑)

驚いたことに駅の近くにタイ料理屋があった。実は、バゴーにはタイからの観光客がたくさん来るという

ミャンマーの古都バゴーで食べるタイ料理「ガパオ」

子供の頃、ビルマの首都はラングーンと教わったが、それがミャンマーの首都ヤンゴンに変わった。そして現在の首都は、ヤンゴンからネピドーに遷都している。旅の途中、一瞬バゴーとネピドーとを勘違いしてしまった(笑)(2017年7月10日~7月15日)

Bago, Myanmar

長閑なマンダレーでのんびりミャンマー

マンダレーはヤンゴンに続く第2の都市。ミャンマー最後の王朝となったコンバウン朝の都だった。

街の北側に高さ230mほどの神聖な丘「マンダレーヒル」が広がり、そこにはたくさんの仏塔があり、いわば丘全体がひとつの寺院となっている。

またタウンタマン湖という大きな湖があり、夕暮れになると子供たちは水遊びを楽しんでいた。

木彫りの装飾が際立つ、マンダレーを代表する木造の「シュエナンドー僧院」(王宮の僧院)

「マンダレー王宮」1945年の日本軍と英印連合軍との戦闘により王宮は焼失してしまったが、その後、4年の歳月をかけて再建されたという

「マンダレーヒル」からの眺め、数々の仏塔が見える

「マハーアウンミェ僧院」バーヂードー王の王妃が高僧のために建てた僧院。当時、僧院は木造が一般だったが、この僧院はレンガ造り

車のほか舟や馬車で移動した

なんとも長閑な風景

タウンタマン湖は子供たちの遊びの場

地元の人や観光客は、湖を跨ぐように架かる木造としては世界最長1.2kmの「ウーベイン橋」で夕涼みしながら夕焼けを待つ

流木で遊ぶ子供たち

夕陽を手漕ぎ舟から眺めるのはちょっとした感動もの

エーヤワディー川を渡り、対岸の小高い丘へ。眼下には仏塔が雨の中いくつも見えた。その向こうにはエーヤワディー川

ビーフカレーとポークカレーを注文したら、それ以外にスープが2種類、豆料理、野菜サラダ、野菜炒めなども運ばれてきた

メインを注文すればサイドメニューが付いてくる

小皿料理が付いてくるのはミャンマー式

鶏そぼろ料理

ミャンマー焼きそば

ミャンマーカレーにハマる。 オクラカレーとエッグカレーを食べたが、どっちもとても美味しかった

2種類の「マンダレービール」赤ラベルのStrongはアルコール6.5%、青ラベルのLagerは5.0%

マンダレーはタイのチェンマイと対比したくなるが、まったく違う。マンダレーもすごく長閑で魅力的だが、老後を長く過ごすとなればやっぱりチェンマイの方がいいかな。(2017年7月15日~20日)

Mandalay, Myanmar

マレーシアの古都マラッカ

マレーシア発祥の地ともされるマラッカはマレーシアの古都。15世紀にマラッカ王国が誕生し、その後ポルトガル、オランダ、イギリスと欧州列強国に支配されながら独特の文化が生まれた。

マラッカのランドマークといえば「オランダ広場」。ここからマラッカ川を見て手前がオランダ時代の建築物が残るエリアである。

オランダ広場に佇むマラッカ・キリスト教会

オランダ広場とその周辺の街並みは朱色に覆われ、世界遺産に登録されている

マラッカタワーの展望台からの眺望はまた格別で、ほとんどの家の屋根が朱色。手前にマラッカ川

16世紀にポルトガル軍によって造られた、大航海時代を色濃く残す「サンチャゴ砦」

マラッカ発祥の「ニョニャ料理」15世紀後半に多くの中国人がマレー半島へ移り住み、地元のマレー人女性と結婚することで生まれた料理で、中華料理でもマレー料理でもない。パイナップルが入っているエビカレーが最も印象的で、カレー風味よりパイナップル風味の方が勝っていた。

マレーシアは学生の頃からたびたび昆虫調査で来ていて、タイに次ぐ滞在月数の長い国だが、マラッカは今回が初めてだった。(2017年7月28日)