タイ全国から食用コオロギ関係者を募り、チェンマイ大学昆虫学研究室主催のコオロギセミナーを実施した。
午前中はコオロギの養殖関係のセミナーを実施し、午後は「コオロギポッキー」作り講習会をおこなった。
カメラやスマホで「コオロギポッキー」の作り方を記録する人も

コオロギを混ぜ込んだ生地を作る

溶かしたチョコレートをポッキーにつけ、好みのトッピングを散らす

太めのポッキーはコオロギ風味が強くとても美味しい

最後に全員で記念撮影

養殖コオロギの利用についても一緒に考えた。
タイの文化と自然に魅せられて
タイ全国から食用コオロギ関係者を募り、チェンマイ大学昆虫学研究室主催のコオロギセミナーを実施した。
午前中はコオロギの養殖関係のセミナーを実施し、午後は「コオロギポッキー」作り講習会をおこなった。
カメラやスマホで「コオロギポッキー」の作り方を記録する人も

コオロギを混ぜ込んだ生地を作る

溶かしたチョコレートをポッキーにつけ、好みのトッピングを散らす

太めのポッキーはコオロギ風味が強くとても美味しい

最後に全員で記念撮影

養殖コオロギの利用についても一緒に考えた。
タイ人に教わった。日本でタイ風に生キャベツを食べたいときには「ナムプリックパオ」をつけて食べる。
この「ナムプリックパオ」は、干しエビ、タマネギ、ニンニク、唐辛子などを油で炒め、それに砂糖と塩を混ぜて作るそうである。
最近は通信販売でも入手できるようになった。


日々の食生活の中にタイの香りを取り入れる。はやくチェンマイに戻りたい!
タイ東北部を旅していると虫屋台をよく見かけるが、そこで売られている昆虫類は素揚げが基本である。
タガメに着目してみると、翅を切り落とし、パンダンリーフと共に揚げられていた。パンダンリーフはタイ語でバイトゥーイというが、これはどこででも簡単に手に入る細長い葉物食材である。2枚目の写真のパンダンリーフは、チェンマイの馴染みの店の女性店主に「これをバッグの中に入れておけばいい香りがするよ」といって貰ったのである。
パンダンリーフは搾って水で割り飲み物にしたり、魚料理に使ったり、お菓子作りに使うこともよくある。香りづけや臭い消し的な働きをする。
最近は日本の大型園芸ショップででも見かけるようになり、楽天市場では刻みパンダンリーフも販売されている。それで本場タイの「パンダンリーフで香りづけした揚げタガメ」を再現することが可能である。
タイ東北部の虫屋台で見た「パンダンリーフで香りづけした揚げタガメ」

日本ででも簡単に手に入るパンダンリーフ(タイ語:バイトゥーイ)

虫屋台で売られている昆虫類をよく見ると、パンダンリーフだけではなくコブミカンの葉やレモングラスの茎の輪切りや唐辛子などが、現地の人の好みとその昆虫が合うように使われているようである。
きょう通販で買った「コオロギコーヒー」を飲んだ。
コーヒーが好きで、銘柄は特にブラジルサントスが好き。そのコーヒー豆を使いフタホシコオロギの粉末が20%配合されているというのでかなり期待した。
飲んだ感想は、コーヒーは新鮮でとても美味しかったが、あのフタホシコオロギの風味はどこにって感じだった。とても上品な味
僕の口には50%配合にしてもらうか、いやもしかしたらいよいよ感染したか(笑)
昆虫食への導入のための初心者向けの商品と勝手に位置づけしてしまった。


「竹虫」はタケノメイガの幼虫で、タイでは「ロッドゥアン(急行列車)」や「シンカンセン(新幹線)」と呼ばれています。英名は「Bamboo worm」
女の子「これとても美味しいよ」
僕「どこで採ってきたの?」

女の子「大きい竹の中にいるの」
僕「へ~竹の中にいるんだ~」

チェンマイの郷土料理を出す食堂では揚げたての「竹虫」が食べられます

タイ北部の夜市ではこんな感じで売られています

レストランではこんな食べ方もできます

「竹虫」のモヒートもあります

スーパーには缶入りの「乾燥竹虫」が売られています

僕が初めて「竹虫」を食べたのは40年前(1980)で、昆虫の調査でチェンマイに滞在しているときでした。食べたかったわけでもないけどナイトバザールを歩いていたらあったので興味本位で買って食べました。美味しかったという記憶はありません(笑)
その後’90年代になりシンハーに合うことを体で知り、時どきビールのつまみにするようになりました。普通チリソースにつけて食べたり、タイ醤油スプレーをかけたりしますが、僕はいつも塩で食べています(^ム^)
ホーチミンからプロペラ機で国境を越え、カンボジアの首都プノンペンに入る。
プノンペンではポルポト関連以外では「プノンペン国立博物館」と「王宮」と「シルバーパゴダ」を見学したが、なんといっても国立博物館は圧巻だった。日本語のヘッドホン式音声ガイドはとても助かった。許可を得て写真を撮ったが、王宮内部は撮影禁止
ホーチミンからプロペラ機で国境を越えプノンペンへ

トンレサップ川のほとりに建つ「プノンペン国立博物館」

博物館内に入ると、巨大な「ガルーダ像」が迎えてくれた

威風堂々と立つ「ヴィシュヌ神像」

ヒンドゥー教の「シヴァ神像」

「ヴィシュヌ神像」残念ながら胸から下が失われており、想像力かきたてる東南アジア最大級のブロンズ像

「ジャヤヴァルマン7世像」美しき瞑想

礼拝するとき、体が金縛りになりそうになった

王の棺。火葬するまで、足を折りたたんだ状態(母体内にいるような状態)で安置されたという

「王宮」黄金色の瓦屋根とクメール様式の尖塔が印象的な即位殿

「王宮」お庭はきれいに手いれされている

王宮のすぐ横にある「シルバーパゴダ」ノロドム国王の仏塔。繊細な彫刻が素晴らしい

「シルバーパゴダ」王室の菩提寺であるため、王室の人々の仏塔がいくつも建っている。これは早くに亡くなったカンタ・ボーファ王女の仏塔。細かく繊細な白い彫刻はさすが王族の仏塔

プノンペン国立博物館には、カンボジア全土から出土した彫像やレリーフ、青銅器などクメール芸術の傑作が収蔵されていた。とても興味ある博物館だった。
National Museum of Phnom Penh, Cambodia
ダナンからベトナム航空でホーチミンへ移動した。ホテルは落ち着いた雰囲気のコンチネンタル・サイゴン
市内観光は、豪華な旧大統領官邸(統一会堂)、リアルな戦争証跡博物館、歴史博物館、サイゴン大教会(聖母マリア教会)、福海寺(玉皇殿)、駅のような中央郵便局、中華街などを廻った。
その中で一番インパクトのあったのは「戦争証跡博物館」だった。ベトナム戦争時に実際に使用された戦車や大砲、爆弾などが展示され、目を覆いたくなるような凄まじい大型パネル、枯れ葉剤による被害の実態の写真、ホルマリン漬けの奇形胎児の展示は、ベトナム戦争の傷痕を生々しく証明していた。
ダナンからベトナム航空でホーチミンへ

「統一会堂」南ベトナム時代の「旧大統領官邸」 ベトナム戦争では北ベトナム軍が1975年4月30日にこの場に侵攻しサイゴンは陥落、そしてベトナム戦争は終結した

「戦争証跡博物館」ベトナム戦争の悲惨さを後世に伝えるための博物館

駅のような「中央郵便局」

「サイゴン大教会」(聖母マリア教会)フランス統治時代のベトナムの面影を今に残す

「福海寺」(玉皇殿)オバマ大統領がベトナムを訪問した際に立ち寄ったことでも有名

「福海寺」境内の池にメコン川に生息している「象耳魚」(エレファントイヤーフィッシュ)が泳いでいた。この魚をウロコごと丸ごと揚げたベトナム南部の郷土料理がある

「ホテル・コンチネンタル・サイゴン」フランス統治時代に造られた由緒あるホテルで、パリのホテル・コンチネンタルに因む

天井が高くてとても気に入った

テーブルにはウェルカムフルーツ

ベトナムの歴史を語るうえで、避けては通ることができないのがベトナム戦争。その現実をハノイの「ベトナム軍事歴史博物館」とホーチミンの「戦争証跡博物館」で目の当たりにした。目を覆いたくなる瞬間も多々あったが、直視しなければならない過去の現実がそこにはある。
Ho Chi Minh, S.Vietnam
フエから列車で3時間かけてやって来たベトナム屈指のリゾート地ダナン。まずは妻がネットで予約していたホテルへ。部屋は14階のオーシャンビューでバルコニーにベンチがあった。
目の前に広がるダナンビーチは美しい! 70kmにも及ぶダナンの海岸線は「世界の魅惑のビーチベスト6」に選ばれていて、その美しさは世界のお墨付きだ。
「ダナンビーチ」が緩やかにカーブしている

海の家もあるようだ

砂浜は反対方向にも長く伸びている

部屋は奥行きがあり十分な広さ

扇形をしたバスタブ、もしかしたら単なるシャワー場(笑)

ホテルの20階のバーからの夜景、泳ぐのは早朝か夕方が暑くなくてよいと聞いていたが、こんな時間にも泳いでいる人がいる

沖には漁り火が見える

こんな素敵なビーチを前にしながら、僕たちはベトナムの世界遺産を歩いていた。
Danang, C.Vietnam
「ホアロー捕虜収容所」は、植民地時代にフランスによって造られた監獄で、フランス敗戦後も、ベトナム人民軍の捕虜収容所として使われた。現在はその一部が博物館として公開されており、独房、集団房、拷問の道具、処刑台や当時の様子を描いたレリーフなどが展示されている。フランス植民地時代には、フランスの支配に抵抗するベトナム人がここに捕らえられ投獄された。
レリーフにはフランス軍から拷問を受け、こぶしを挙げて抗議するベトナム人の姿が描かれている

捕虜となった人が足を鉄の板にはさまれ、まったく身動きできない状態にされていた。女性や子供も、足かせだけでなく、首にも固定版をはめられ、身動きが取れないように虐待されていた

集団房の扉、最も多い時は全体で2,000人以上が収容されていたという

「ギロチン台」フランス軍に抵抗するベトナム人が捕らえられ、このギロチンによって処刑された。鋭くとがった巨大な刃、その上に重たそうなおもり、首を固定する台、その下には、切り落とされた頭と血を受ける箱。想像するだけで気持ち悪くなった
刑が執行される前に、あるベトナム人はこう叫んだ「国を奪われた私たち。侵略者のあなた方。生死を賭けた戦いにおいては、最後に私たちが必ず勝利するだろう」
ベトナムはその後、欧米列強から自由と独立を勝ち取った

独房のようす。薄暗い中に捕虜となった人が両足を鉄の板にはさまれ、まったく身動きできない状態にされていた。日々粗食と水のみで、水腫を引き起こし、多い時にはひと月に40人以上の人が亡くなった

ホアンキエム湖畔で寛ぐハノイ市民。湖の中央に「亀の塔」

今のハノイ















フランスが造った悲しき遺物「ホアロー捕虜収容所」は、ベトナムの歴史が生んだ悲劇の産物。ベトナムといえば南北ベトナムと米軍参戦によるベトナム戦争が真っ先に思い浮かぶが、その前のフランス統治時代のベトナムの悲惨な歴史も忘れてはならない。
Hanoi, N.Vietnam
フエからダナンへの移動手段は、バス、ツアーバス、乗合のワンボックスカー、タクシーなどがあるが、「列車の旅」を選んだ。
列車の座席は、木製で直角のハードシートとエアコン有のリクライニング・ソフトシートの2タイプがあり、リクライニング・ソフトシートを予約し乗車した。
フエからダナンまで約100km、3時間の列車の旅だった。
ベトナム鉄道「フエ駅」GA=駅

ホームに列車が入ってきた時、ホームと線路が同じ高さなので違和感を感じた

屋台みたいな車内販売

熱い汁物やカップ麺もあった

ダナン駅に到着、プラットホームがないとスーツケース持っての乗り降りがたいへん

バスでの移動の方が利便性は良いが、時間的、日数的に余裕があるときは「列車の旅」を楽しみたい。列車の旅は、その国の生活や文化に接することができる。
Vietnam Railways, from Hue to Danang